十月二日
 十月二日、木曜日。
 案の定、腹痛が僕を襲った。ベッドの中で足が震えていた。ガタガタと小刻みに震える足は止まる気配を見せず、きりきりと痛む腹は、さらに痛みが増していく。
「ユキヤ、父さんが送って行ってやるよ」
 寝室のドア越しに、父の声がした。
 森の外側から、僕を呼ぶ声が聞こえる。立ち尽くしたままは、許されないようだ。どんなに前が見えなくても、明日が見えなくても。森を歩かなければならないらしい。出口に向かって、さまよわなければいけないらしい。
 家から学校までは徒歩三分の距離だが、足が震えていては歩くことはできないだろう。僕は、ゆっくりとベッドから起き上がる。震える足をどうにか床につけて、制服に着替え、ゆっくりと玄関へ向かった。
「足が震えてるぞ、大丈夫か?」
 玄関で、父に指摘された。
「大丈夫……絶対、大丈夫」
 その言葉は、父にというよりは、自分自身に言い聞かせるようだった。自信はない。森の出口が見つかるまで、森をさまよえる自信は。



 車に乗り込んで、シートベルトを締める。車が急発進する。父の運転は荒っぽい。
 足は震えたまま、腹痛も襲ったまま。
 車で一分、学校の駐車場に到着した。
「ほら、降りろ」
 降りたかった。僕だって――足が動かなかった。震える足は、車の外に出ることはなかった。僕が、学校を、森の中をまた、さまようことを、拒否している。
「どうしたんだ、早く降りろ。父さんこのあと、仕事なんだぞ」
「う……動かないんだ」
「なに言ってるんだ、降りろよ、早く!」
 父は明らかに、仕事に遅れそうだと、焦り、いらいらし始めていた。僕は困惑していた。どんなに言われても、動かないものは動かないのだ。だんだんと、感情が頭から抜けていく感覚に襲われる。
「もういい、学校に電話するからな」
 父は、携帯電話を取り出すと、電話をかけ、駐車場にいることを伝えているようだった。具体的にどんな話をしているかは、あまりわからなかった。それほどに、放心していたのだ。
 しばらくすると、学年主任のナガタ先生が走ってやってきた。
 年齢は四十を過ぎているであろう、ナガタ先生は、息を切らしながら僕の目の前にたどり着いた。
「ユキヤくん、おはよう。どうしたの? とりあえず、調子が悪いなら、保健室でいいから、行こう」
 僕の学年には、サクラタニという名字の生徒が僕以外にもひとりいる。だから、どの先生にも名前で呼ばれるのだ。
 ナガタ先生は、僕の腕を軽く引っ張った。震える足が、勢いで地面につく。ナガタ先生に引っ張られるようにして、歩き始めた。
 歩き始めて少し、父の乗った車が、急発進する音が聞こえた。
 森の中、さまよえず立ち尽くす僕は、強引に歩かされる。さまようことを、強制される。
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