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 無駄に青い空が心底忌々しい。あたしの眼球は瞬きもできずにただ乾燥していく。夏の日差しが熱いのか、失血量が多すぎるのか、もはやどうでもいい。一分だか五分だか、十分だかニ十分だか、踏み潰されたガムみたいに地面に引っ付いていて、時々血が噴き出る。そろそろ呼吸もダルい。ああ、どうせならあの左脳と瞼と一緒に、左目も持っていってほしかった。クソったるい。燦々とした光が、空が、白すぎる雲が、まとわりつくぬめる湿度が、心から忌々しい。目玉が乾いていく ―― ……はい、また死ぬ。



 人生にマニュアルがあるならば、特記事項として記載するべきだ。
 自殺者の霊は成仏しきれず地縛霊になるだなんてオカルトチックな都市伝説ではなくて、自殺未遂者は死ぬまで自殺を続けると。
 自分で言っておいてなんだが、この話は実際に自殺した奴にしかわからないだろう。私も、一度死ぬまでわからなかった。その後に五、六回ほど訳が分からないまま死んで、漸く理屈に気付きはじめる。
 私が生きていた世界で「自殺・自死」というのは、意思を持って命を捨てる行為。その行為に失敗した人を自殺未遂者と呼び、めでたく死ねた人を自殺者と呼んだ。
 ここに大きな誤解がある。人間やってたときは知らなかった誤解。
 実際に死んでからわかるのは ――まずこのあたしが見ている世界がどこなんだっていう大事な話があるが、今は便宜上あの世と現世ってことにしておく―― 現世での自殺未遂者は、結局「生者」でしかないこと。自殺だろうが殺人だろうが事故だろうが、生きたもん勝ち=ニンゲンであることだ。思い出せば私がまともに生きていた時に、自分の事を自殺未遂者だって自称する奴は、身近にいなかったなあ……。
 ホンモノの「自殺未遂者」ってのは、「自殺完遂者」になりそこなった奴。飛び降りちゃってから一瞬シマッタとか思っちゃって、そのまま死んじゃった奴。OD(オーバードーズ)とリストカットで「彼氏のバカぁ!」とか言いながら風呂入ってたら間違ってそのまま溺死しちゃったみたいな未練だらっだらの奴。具体的には例えばあたし。
 自殺自体は成功したけど、意思に後悔がありまくりなことをあの世は良しとしないらしい。そりゃあ、不慮の事故だの病気だので突然死んじゃった人よりかは、もう少し選ぶタイミングと選択肢は多かっただろうから、わからなくもない。
 だからいざあの世に行ってやりなおそうって思っても、三途の川すら渡らせてくれない。というか見えやしない。
 そしてあの世のお偉いさんが言うんだ。「自殺を全うしてから来い」って。
 なんだそれ、って感じだよね。全うするもなにも、あたしはもう死んでいる。もう一度死ぬなんてできないじゃん、って、ところがどっこい、できるんだな、これが。
 ビルから飛び降りると、空気抵抗があって、死んでいるのに肉体の感覚がある。落下の際の衝撃で瞼の上に刺さった枝が顔の左側の皮膚を引きちぎって持っていく。飛び散る血液、落ちる衝撃、ついでに飛び出た眼球は勢い任せに転がっていって、どこかに行ってしまった。
 広がるあたしの血の海を、早足で過ぎ去るサラリーマン、小学生、子連れの主婦。どうやら「きちんと」生を全うしている人には、私の自殺体なんか見えないらしい。こりゃあ便利だ、これこそまさに人畜無害な自殺だ。両足が折れて内臓潰れて笑い声を上げるたびに何処からか血の音がする。ザマアミロ、死んでやった。ザマアミロ、死んでやった。ザマアミロ、死んで……――
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