じりじりとした日差しがアスファルトを加熱して火傷しそうだと思った。熱い。
ゆっくりと身を起こすと、血の海もなにもかもが無くなっているようだった。あたしの体には怪我ひとつなく、飛び出ていった左目も元に戻っている。また、死ねなかった。指先が動く感覚。今度こそ死んだと思ったのに。死ねたと思ったのに。
今のあたしは、自殺未遂者だ。何が悪いのかわからないけれど、自殺を完遂できない所為であの世もこの世も門前払い。だんだん嫌になってくる。
生者には見えないけれど、私の体の見た目はなんら変わりが無い。自動ドアの前に立てばちゃんと開くし、アイスだって買える(といっても店員に認識してもらえないから、結局レジにお金おいて勝手に持ってきてしまうんだが。そろそろ万引きした方が楽なんだろうか?)
アイスが溶ける感覚も、夏の暑さも、眩暈も立ちくらみもある。怪我をすれば痛いし、死ぬときはもっと痛い。
一番嫌なのは、話し相手がいないこと。愚痴をいうにも相手がいない。自称霊感がある大学生のところにも行ったんだが全く見えていないようで、しかたがないから部屋に一晩泊めてもらい、勝手に冷蔵庫あけてチキンラーメンを食い散らかしてきてやった。悪気はない。
それにしても「自殺を完遂する」って、どういうことなんだろう?
自殺の名所だと有名な団地に行ってみようと思ったのは、そこにならきっと私と似た現状の自殺未遂者がいるはずだという根拠のない推測からだった。
長くなった陽が沈み、やっと少し出歩ける気温になったかと思う21時半。少し早いけど、今夜は此処で過ごそうと決めて団地の屋上に向かう。ドアは南京錠と鉄線によって厳重に封鎖されているけれど、これから死のうと思っているやつにとってはスライムとドラキーみたいなものだ。ちゃっちゃと壊して踏み込む。そういえば、死んでからちょっと体が丈夫になった気がする。まあ、気の所為かもしれないけど。
ドアを開けた時、生臭くて冷たい風が吹き抜けていった。ああ、これは、誰かいる。
「ごめんくださーい」
敵意はありません、って両手を上げて声をかける。あたしの声が聞こえるのは「お仲間」しかありえない。
屋上の真ん中に、黒い影があった。最初はヒト型だったように見えた。一歩近づく。すると気付く。大きい。ヒト? では、ない?
「……レ……」
掠れた声。女と少年が入り混じったような、エコーがかかった声。
「……あ、あたしは自殺み」
私の側頭部の真横、開け放たれたドアの横に、長い何かが思い切り叩きつけられる。コンクリートの壁に、亀裂。漫画みたいな亀裂。
「……あ、アア、アアア……」
黒い影は一歩下がり、あたしは動けない。なんだこれ。なんなのこの展開。冷たい風が吹く。怖い。何がなんだかよくわからないけど、怖い。
「……オマエ、オマエ……」
黒い影が、蛍みたいに呟いた。
「……死ヌを、死ヌオ、私、ハ、ヒウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
やばい、これ、話が通じない気がしてきた。
「……あのー、忙しいところ申し訳ないんですが……自殺未遂者さんですか?」