あの塀を越えたら
作:灯火野

遊覧も塀の中まで
刑務所の外の景色も知らず
コンクリイトの向こうの空の色を
語ってみたりする

あの塀を越えたら
あの塀の向こうで息をする僕がいる
あの塀を越えなければ
あの塀のこちらで指をくわえる僕がいる

塀に二分される世界の中で
僕さえも二分される
世界は僕がいるかいないかで二分され
世界の定義に僕はなれる

ここが自分の墓場だと笑うやつ
出ていって帰ってこないやつもいた
あの塀が僕の命を二分する
僕が向こうにいけば
塀のこっちの僕は死ぬ

生と死との確率的共存の中で
世界を選択しながら歩いていくこと
塀を越えたり越えなかったり
僕は今まで何人の僕を殺してきただろう?

絡み付いて離さない
「行かないで」とすがる正義
近づけどなお行く手を阻む
鉄格子は僕の足


=あとがき=
 選択して生きていくことはいつも難しい。歳を経るごとに自分の可能性は限定され洗練された、すなわち要らない部分が排除された自分を作り上げる。
『人間は生まれた瞬間から死に始めている(マリニウス)』
 ――それは、寿命という観点だけに留まらない言葉に思えてならない。

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