母子手帳
作:灯火野

車で
母と予防接種に出かけた
検診カードを忘れて
私を病院に残して
母は家に戻った
──これ、持ってて
私に母子手帳を渡して

パステルカラーの小さなソファに
一人
私は母子手帳を持て余した
初めて見た
初めて触った
私の、命の記録
母の、二冊目の命

母の字は若々しくて
今と比べて角々しかった
結婚年齢、体温、病気歴
細かい
母と私の命の記録

お腹を大きくした母の姿を
私は知らない
けれど
私を両手で優しく抱えながら
病院に通う母を想像するのは
難しくなかった
命のあたたかさ

もっと早く見ていたかったよ
私、悪い子だったね
病院の静かな待合室で
私は一人泣きながら
母子手帳を閉じた
泣くのはやめよう
変に思われるから
お母さんがもうすぐ来て
心配しちゃうから

──ごめんね、ほら、行こう
青白い検診カードを
片手で手渡されて
──うん、行こう
私は母と並んでゆく
看護師さんに連れられて私は別室へ
予防接種はちょっとだけ
ちょっとだけ痛かった

脱脂綿を押さえて出てきた私に
──このあとお買い物行こうか
母は笑った
──いいね
私も笑った
似たような顔で

書類をもらって帰るまで
脱脂綿を抑えたままの私
──もう、大丈夫でしょう
出がけに母に言われて綿を外すと
刺されたところはツルリとしていて
──ほんとだ
私は綿をくずかごに投げて
──大丈夫みたい
二人でまた、笑った

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