三話 同族嫌悪 


 歩くのが、立つのが、寝転がるのが、息をするのが遂に億劫になってしまった。一体この体で僕は何をしようと言うのだろう。どうにか動かない僕に僕は喝を入れようと、重い腕を宙に浮かせて見せた。

 *

 僕は性格が捻じ曲がりに捻くれていて、世界の約半分以上は嫌いなもので作られているように感じていた。あの人はすぐ悪口を言う人だ、人参は青臭くて食べられない、あの人はすぐに怒るから近寄らない。この世界で生きる僕には沢山の制約があって、一つ一つのルールを怯えながら忠実に守って生きていたんだ。それら全てが他人に嫌われないため。僕にとって「死」はひどく身近な存在で、心臓が止まってもかつての偉人達は未だ死ねない。まだその魂だけがその場にふよふよ浮かんでいるように思えて堪らなかった。
「ひとに忘れられて初めてしぬんだ」
 にかっと笑った幼いあの子は見知らぬ車に撥ねられて動かなくなった。
 可哀想に、まだ死に切れずに居るのだ。

 口だけ達者な人が嫌いだったから人が何か言うだけで嫌いだっただけだ。ヒステリチックに喚き散らして手首を切ったあの子とか、仕事もせずに口だけ達者な先輩とか、変にギクシャクしてなに考えてるかも分からないあの子とか、とにかく皆大嫌いで、死んじゃえばいいと顔を合わせる度そうっと祈っていた。
 指を刺されてけたけた笑われてトンっと背中を押されて、目の前にあるのは粗末な輪っか。

 無機質に打たれた黒い文字でびっしりの紙の隅に僕がいる。

「きらいなんだよね」
 幼いあの子が僕の目の前に居る。あの日のままでずっと居る。椅子に座って、はたはた足をぶら下げて、地面を見て僕に言う。
「きらいになりたくないからきらいになるの」
 そんな筈がないと反駁の声は肺で固まってぐるりと落ちた。ぼとんっと間抜けなオノマトペが聴こえてくるようで、僕は思わず唇を噛み締める。
「だいっきらいなのはだれでもない、ねえ?」
 首を斜めに傾けて少女は問いかけた。誰に、とは聞かない。口、耳、目はもう一生動くことがないだろう。
少女は実在していないから。

 僕は彼女と目を合わせたことがない。首に回された輪っかからじゃもう姿も視界に入らない。こつんっと小気味いい音、がたんと落ちた視界は彼女のぽっかり空いた真っ黒い顔を写した。
 僕は、そうだった、僕は。
 この世で一番嫌いな人間は、今日遂に自覚したのである。

 何をするにも憂鬱になったある日。



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