二話 鬨の声と針と鞠
がりりと鈍く、何か硬いものを爪で引っ掻くような不快な音が狭い部屋に木霊した。
息をつこうと目の前に漂うのは白々輝く淡い光、大小様々なそれは出口など無い天井に向かって行く。遠い昔に見たあの雲ですら天釜に映っていると言うのに、一体あやつらは何処へ行こうとしているのだろうか。
堂々巡りに狭い部屋、出口が無ければ入り口もきっとないのであろうか。
四年と僅か二ヶ月余り。在り来たりで平凡に自分は死に至った。一度切れれば後はどんな万能接着剤でも留められないらしいそれが自分にはとても不愉快であり、つい四年前、自分はそれを根元からぶつりと切ったのだ。ひらりひらりと鬱陶しくついて来たそれも実にあっけなく散り散り離れていき、残ったのは白く濁る部屋に自分だけ。
結局世の真理こそはこれなのだ。くわくわ吐き出されるものこそがこの世の存続に必要なものであり、終わりのない物語ほど詰まらないものは無いのである。寿命を伸ばそうなどと馬鹿馬鹿しい。理想は語ってこそ理想であるのだ。
死に至る前夜、貴方の枕元で啜り泣く死神の声が聴こえないのか。防腐剤の海の底で叫ぶ声が、貴方には。
ごぽりと耳の奥で不快な音がした。ツンと鼻の奥を刺すような痛み、目の裏側を洗い流すような異物感。どれもこれもが受け入れ難い。
(しかしそれこそが近道であるらしい)
馬鹿の一つ覚えとはよくいったものである。とうに息など出来なくなっているのに、自分は浅ましくふすふすと呼吸を繰り返す。あと数分もすれば自分は、処分に困るような大きな遺物を遺して縁を切るのだろう。自分らの身体は約七割もがそれで出来ているが、残りの三割は果たして同化を認めない。認められないその七割は身の内で醜く肥大化して行く。
(だが、矢張り、恐ろしい)
光がてらてらと舞う夜、黒がそのまま溶かされた水に自分は果てない恐怖心を抱いた。愚かしいと叱責するような月がぽかんと闇に浮かんでいる。
虚空。ただただ虚しかった。
だから自分は溺れたのだ、沈んだのだ、息を止めて飛び込んだのだ。そこに待つのは真珠の煌めきであると聞いた事がある。しかし自分を待ち構えるのは大きな鮫の胃袋であった。鮫は自分の心の臓を咬みちぎって逃げた、あ、もう戻れないと。
実に分かりやすく簡潔な答えである。
[2/4]
←BACK | TOP | NEXT→