「万事屋と、喧嘩」
「ウン」
「だから、公園に野宿」
「ウン。新八と姉御は留守だったネ。そういえば福引きで旅行当てたとか聞いたような」


重い溜息を吐き出す土方は痛む頭にこめかみを押さえる。素直に帰るという選択肢は端から無かったのかというツッコミも通じる気がしない。家出の先に野宿を選ぶとはとんでもなく男前、いや、ただの馬鹿か。


「……阿呆か」


家出少女を発見したという報告に、管轄外ではあるが放っておく訳にもいかないと屯所への保護を指示した。一般市民にはあまり好かれてはいない自分たちである。恐れられていると言ってもいい。少女といえどその悪評は耳にしたことがあるだろう、諭すまでもなく逃げ帰ることは目に見えている。少々面倒だが自ら赴いた方が早く事も済むであろう、そう高を括っていた。踏み入れた部屋に派手な橙を見るまでは。


「お前さんよ……、いくら夜兎だっつっても年頃の娘がそれは無ェだろ。外見は地球人と変わんねえんだから」
「そうだぞチャイナさん!君みたいな可愛い子が野宿なんて危険な真似しちゃダメじゃないか」


隊士から報告を聞いたらしく後から来た近藤は、至極真面目な顔で神楽をたしなめる。本人はといえばそこら辺の変態なんかには負けないアルと腕をブンブン振り回しており、危機感なんてものは微塵も持ち合わせてはいない様子だ。


「近藤さん、ゴリラは元々野性ですぜ?ゴリラ女にはむしろそれが自然でさァ」
「誰がゴリラじゃゴラ」
「あん?ゴリラ・ゴリラ・チャイナがてめえの学名だろ」


加えて犬猿の凄み合いに痛みは鋭くなるばかり。いい加減嫌気が差したその瞬間タイミングよく鳴り響く電話に助かったと安堵しつつ騒がしい空間を抜け出す。


《あー、ウチの子居る?》


反射的に受話器を戻しそうになった。
しかしそこは堪え嫌々耳に当てた電話口からは、しつこく何度も「もっしもーし?」と間延びした声が聞こえる。


「ああ居る、居るぞ傍迷惑なのが。さっさと迎えに」
「ぜったい帰らないアルぅぅぅ!!」


絶叫に片耳を塞ぐ。あんな駄々っ子を置いておくなど冗談ではないと沈んだ息を吐き出したそのとき、手にある受話器が姿を消した。


「だそうなんで、今晩は一人寂しくお休みくだせェ」
《え》
「っ!?おい、総……」


──ガチャン。
無慈悲な音で電話は沈黙を再開した。


「……総悟」
「いっやあ、すいやせん。手ェ滑らしちまいやした」


愉しげに意地の悪そうな笑みを浮かべた沖田。もう何を言っても無駄であろうと悟った土方は、疲れきった視線で宙を仰いだ。






家出少女、もとい神楽の保護・観察を真選組が請け負うことが決定した。土方は首を縦に振らなかったが、何度電話を掛け直しても応答が無い銀時にとうとう抵抗を諦めた。今度見つけたら叩っ斬ってやる、と地を這うような呟きを残して。


「引き受けたのはてめーだ総悟。責任持ってチャイナ娘の面倒見やがれ」
「仕方ねえ、頼まれてやらァ」
「てめえから叩っ斬ってやろうか」


意外にもすんなり承諾した(断ったところで押し付けるつもりではいたが)沖田に怪訝な顔をしながらも、これ以上面倒に巻き込まれたくないと余計な詮索は止しておく。幸か不幸か今日という日は平和に終わりを迎えそうな江戸市中である。今のところ出動を要するようなヤマも見受けられてはいない。


「……とはいえ今から飯だ。部屋の勝手は分かってるだろ、チャイナ娘の寝床の準備くらいしかするこたァないだろうが」
「承知してまさァ、そこらへんはばっちりですよ」


やけに爽やかな笑顔はいっそ不気味さすら与えるが、勘ぐり過ぎれば痛い目を見るのは分かりきったことだ。
屯所を破壊するような真似だけはしてくれるなと願いながら上機嫌な部下の背中を見送る副長の受難は、しかしながらまだまだ続いてしまうのであった。







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