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やっと距離詰められた。幽玄の少女、姿だけは可憐なイミテーションだけど、間合いを間違えるときつい相手だ。いくら本物に劣るっつっても、次から次へと打ち込まれてくる魔法を避けながら近づくのは、簡単なことじゃない。
だからこれでとどめ!ってときに気抜いちゃったのは、見た目でためらったとかじゃない、ただの油断でしかなかった。近づけたから勝ちって思っちゃったんだ。
気づいたら至近距離、冷気の塊ぶち込まれてた。握りしめたフラタニティごと、オレの両腕が凍らされる。動きを止めるためっつーんなら十分だ。そのまま腹に一撃、吹っ飛ばされる。次の攻撃くらい避けられりゃよかったんだけど、それもできなくて。
「ティーダ!」
逆にとどめ指されそうになった、間一髪のとこ。助っ人がきてくれた。クラウド。相手の動きを止めるように立ち回る、その間にオレは腕の氷を振り払うことに成功。よし…!
「くらえ!」
クラウドの影から飛び出して、回転の勢いつけながら振り下ろした一撃。今度こそやった。
「はあー、っぶね!サンキュー、クラウド」
「ああ。怪我は」
「大したことない、平気平気!」
軽く、いやけっこうピンチだったからか、変にテンション上がる。気抜くなら今だろなんて自分でも思いつつ、はしゃぎ回るオレ。クラウド、さっきの本当いいタイミングだった、…そのクラウドが冷静にポーション差し出してくるのでやっと、オレの頭も冷えた。
「助かるッス」
でも相当テンパってたんだと思う。ポーション受け取ろうとして、受け取り損ねてやっと、手がおかしいことに気づいたんだから。冷たい痛い、動かしづらい。
「かじかんでる」
びっくりしてたら、クラウドに苦笑された。
「まあ、凍らされてたからな。見事に」
そりゃそうだ。なんかちょっと恥ずかしい、急いで手を擦り合わせる。うーん…。むむ、これは思ったより。
「本当に冷たいな」
「だろー」
クラウドが手のひら重ねてきて、呟く。オレは普通に返事する、…でも正直、おっ?みたいな思いがないわけじゃなかった。
「クラウドの手、あったけー」
さすってくるのにも何ともないふり。実際、温かくて気持ちよくて。
なのにドキドキするなんて、こんくらいのことで。照れる必要あんのかよっていうのは自分でも疑問だった、軽く混乱したのか、間に耐えられなくなったのか。
たぶん、どっちもだ。
「手が冷たいと、心があったかいって言うよな。…言わない?」
「言わない」
「オレんとこは言うんスよ。で、手があったかい人は、心が冷たいの。だからクラウドは…」
茶化そうとした。冗談だ。
「たしかめてみるか?」
「え」
怒るほどのことじゃないだろ。なのにクラウドが低い声を出すから、オレはたじろぐ。ごめん、冗談だって。言う暇なんてなかった。
クラウドがオレの両手に向かってかがんだ。何すんだ。唇が。息づかいが。あったかい…けど。どういう意味?クラウドはたしかめるとか何とか言ってた、ってことはこれ、心のこと?クラウドの心は冷たくないってこと?
もっと考えなきゃいけないことはあったと思うし、もっとオレは慌てていいはずだった。でもわけわかんなすぎて、いろんなこと突き抜けて、
「様になるなあ」
王子様みたい、ってよりにもよってそんな考えを口にしたオレは、次の瞬間取り返しのつかない間違いを犯した。
見上げてきたクラウドと、目を合わせてしまうという間違いを。

2018/8

 



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