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闇の世界といっても、今までいた側と大差ない。この異世界にあるものはどれも模造品だ。この街も形だけは整っているものの、時が止まったように静かで、人の営みと呼べるものは何一つない。「輝き」とやらを求めて探索しはじめてから数時間、出会うのは魔物ばかりだ。
別のパーティで何か、収穫があればいいんだが。いったん立ち止まって、上を見たのは偶然だった。そびえたつ建築物、灰色の空。色味に乏しい、…その分、鮮やかな色があれば嫌でも目にとまる。
この辺りで一番高い建物の、てっぺんに近い場所にそいつはいた。テラスから身を乗り出して辺りを眺めている。ティーダ。誰かがわかった途端に、体がふわりと浮くような心地がした。何なのかわからないがそうとしか表現できない感覚。
ティーダもこっちに気づいたようだ。
『クラウド!聞こえる?』
この距離で声が届くはずはない。声はオレの腰にぶら下げられた機器から響く。またあの感覚がしたが、無視してそれを手に取った。
『ああ、聞こえる』
『やった、オレも聞こえる。そっちは順調?こっちは何もないッス』
離れた相手と通信できるこの機器は、光のクリスタルが砕ける直前に立ち寄った場所で手に入れたものだ。早速役に立った。
『こっちも、めぼしいものは何もないな』
『そっか。だよなあ…あ、じゃあクラウド、ちょっとこっち来てみない?見晴らしいいぞ』
『何もないんだろ。遠慮しとく』
『ちぇー、ケチ』
こういう通信機器は、連絡事項を簡潔に伝えるというのが鉄則だ。仲間も待ってる、余計なことを話している暇はない。…頭ではわかってる。
『とりあえず一回、合流はしようぜ。そっちに…』
「…っ!ティーダ!!」
突然、自分でも驚くほどの大声が出てしまったのは、ティーダの背後で黒い影が膨らむのが見えたせいだ。ガガッ!耳障りな音をたてて通信が途絶える。ティーダの姿が見えなくなる。
オレは無意識のうちに数歩前に出て、武器の柄を握りしめていた。
『……あー、ごめん。油断した』
わずか数秒後、機器が再びティーダの声音を鳴らす。
『無事か』
『うん、大丈夫。でさ、今からそっち行くよ。ちょっと待ってて』
『ああ』
通信を切るのと同時に、大きく息を吐く。体から力が抜けていくのがわかった。
「というわけだ。ティーダたちを待つ間、ここで少し休憩する」
みんなオレたちのやりとりを聞いていたんだろう。指示を出すまでもなくちりぢりになる。
「…なんだ?」
だが一人だけ、オレのほうをじっと見つめながら動かないやつがいた。元の世界からの付き合いの仲間。ヴィンセントだ。
「心配性だな」
聞こえるか聞こえないかというような呟き。
「オレの銃でも、あそこには届かない」
そこまで言って満足したらしく、離れていく。言いたいことがあるならもっとはっきりと言え…思いかけて、やめた。不毛だ。
そう言いたくなる気持ちもわかる。自覚もしてる。
傍に置いておきたい。何があってもすぐ対処できるように、目に届く範囲に…なんて。
焦燥にも似た、なぜこんな思いを抱くのか。どこからくるものなのか、そういうことはなるべく、考えないようにしている。

2018/8

 



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