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水面は真実を映すという

013

 昼間探索してるとき、そういえば湖があったなーって。思い出したら目がぱっちり開いちゃったんだよな。疲れてるし、でもそう遠くないし…ってうだうだ考えて結局、テント抜け出してきた。やっちゃったとは思った、まあ水ん中潜った瞬間、泡ぶくと一緒に消えてったんだけどさ。
 さっきからずっと、自分で投げたボール、自分で追いかけんの繰り返してる。トレーニング?なわけないだろ、ただの一人遊び。
 意味なんてない。時間の感覚が壊れることもある世界で、今ははっきり言い切れるぐらいには真夜中で。そういうのも、敵に見つかったら危ない、とかっていうのも、関係なかったし、考えてもなかった。
 失速したボール掴んで、水面照らしてる月の光目がけて蹴り上げる。それでゴールのつもりで、ボールの行方を目で追う。あー…だめだはずした。調子落ちてきたな。
 こんなときは続けても、悪いくせが体に染みついちゃうだけだからいいことないんだ。知ってる。でもいさぎよく戻ろうって思えなくて、ぼーっとしながら漂ってた。
 ばしゃばしゃって、音がしたのはそんときだった。
 うわ、何だ?オレは慌てて身構える。音がしたのは岸辺のほう、絶対、気のせいじゃない。偶然でもない、今のはたとえば、手とかで水をかき回すとかってふうに、わざとやらないとしない音だった。
 イミテーション?それともカオスの連中だったりして。あー、やだ。敵いやだ。もー、ただ泳いでるだけだってのに、何で見つけるんだよ。
 水面からちょっとだけ顔出して様子うかがう。
 …敵じゃなかった。けどこのパターンもなー。
「ティーダ」
 なかったことにしようとしたのは、先に呼ばれたので失敗。さすがに無視ってわけにはいかない、オレは少しだけ泳いで、足が着くとこまで移動する。
「クラウドも散歩ッスか?」
 あえて普通に話しかけてく。平常心、平常心。
「……」
 とここでまさかの沈黙!
「夜更かしにはぴったりって感じの日だもんな。寒くないし」
「……」
「月がきれいだし」
「……」
 う、うぐう…。
「……悪かったって」
 降参ッス。
 情けないけどすぐに心が折れた。だってもともと悪いのはオレって思わなくもないところに、クラウド、腕組みなんかすんだもん。何も言ってこないって逆に辛いって。無言の圧力ってやつ、しかもなんかじろじろ、上から下までたっぷり10秒はかけて見てこられた。なんだよ。
 水ん中飛び込んじゃいたいって気持ちと、もう煮るなり焼くなり好きにしろ、ってヤケになる気持ちとが半々。
「今の聞こえたんだな」
 はいはい、もちろん聞こえた、聞こえたッス。…へ?
 オレはぽかんとする。そしたらクラウドが急に膝ついて、湖に手を突っ込みだした。なになに?サンダーとかそういう、攻撃される、…ってのは大げさだけど、緊張ちゃったのは事実。だからクラウドが手を動かしたときには、ああ!って思ったし気が抜けた。
 ばしゃばしゃ、ってやっぱそれ、手で水をかき回す音だったんだな。
「何かあったらこれで知らせるよ。聞こえたら上がってきてくれ」
 予想通り、でもクラウドの言葉は全然予想通りじゃなかった。
 オレはまたぽかんとする。今度は膝立ちからそのまま、あぐらかいて座り込んだクラウドが、どうしたって聞いてきて。いやそれはこっちのセリフッス。自慢じゃないけどオレ、みんなに黙ってこっそりテント抜け出してきたんだぞ。もっとこう、何やってんだ危ないじゃないかみたいな、そういうのねーの。
 …何考えてんだ恥ずかしい。
「もう気は済んだのか?」
 かあって血が上った頭を、反射的に横に振る。気づいたときにはまた水中にいて、泳ぎ出してた。あー!って叫びたい衝動の分、体が勝手に前に進む。
 恥ずかしいって、それどころじゃないって。一人でひねくれた思考回路に浸って、いい気になってるオレと、そんなオレを見透かすクラウドと。しかも待っててくれるとか、こんなことってある?
 全然気なんて済まないッス。泳いでも泳いでもダメ。不安なんだ、どうしようもなく。
 クラウドも思うだろ?なんでオレら、いろんなこと忘れてるんだろうな。しかもたまに思い出すの、あれってひどくない?どうせなら、忘れてるってことも忘れてられたらよかったのに。大事なこと、大切な人のこと、思い出せないのが辛いってなるんだ。けど、自分のことになると…。
 オレがオレじゃなくなるような気がして怖い、とかさ。笑っちゃうよな。
 心ん中で勝手にクラウドに話しかけながら、オレはさっきまでと同じようにボール追っかけてた。でも今度は月の光じゃなくて、月そのものゴールに見立てて、水面から飛び出すのを繰り返す。
 ボール蹴って着水するまでの間に、ちらちらってクラウドのこと見てた。ちゃんとそこにいるんだって確かめてたんだ。本当に笑いたくなった。
 誰かがいるって、こんなに違うんだな。

「もういいのか?」
「うん。…待たせちゃってごめん」
 やっぱこの世界って変だ。何で月がずっと同じ場所にあるんだよ。おかげで時間の進み方、自分の体感信じるしかなくて、でもけっこう経ったのはたしかだ。
 ごめんって自然と出てきたのは、さっきまでの気持ちがすっきり片付いた分、今更ばつが悪くなってきたから。そのくせテントに戻ろうぜって次の言葉、変に明るく言おうとしてた。
「ほら」
 先にクラウドが何か渡してくる。…布?え、いいッスよそんなの。それ傷の手当とかに使う貴重なものだろ、こんなことに使っちゃダメだって。オレの、水中競技のユニフォームってだけあって撥水性と速乾性はバツグンなんだ。だから大丈夫。
 まあ髪の毛はさすがにすぐには乾かないけど。わわっ!クラウドが広げた布を被せてきた。うぷ。
「クラウド、ちょ、ちょ」
「じっとしてろ」
「…むう」
 わしゃわしゃされてる。ガキじゃあるまいし、こんくらい自分でやるって…ってのは思っただけ、悔しいことにすっげー心地よくて。ごわごわの布越しに、クラウドの手が頭撫で回してくるこの感じ。
 つい目閉じちゃってた。終わったかなってタイミングで開けたら、間近にクラウドの顔があってビビる。目合ったまま、オレもクラウドもぱちぱち瞬き。なんか照れるんスけど。
 よし、こうなったら照れるついでってことで、クラウドさ、オレのことぎゅってしてくんない?
 そしたら今度こそちゃんと、復活できそうな気がするんだ。うん、甘えすぎだよな。でも思うだけはタダだろ。
 …本当にしてくれるなんて思わなかった。
 うそだろって感じ。大変だ、これは思ったよりやばいッス。安心感通り越して崩れそう、待って、待ってってクラウド、この上背中ぽんぽんなんてしてくんなよ。オレもうガキじゃないんだって。動けなくなってる、こんなんじゃ全然説得力ないけど。
「クラウドって心が読めるのか?」
 すごいボーゼンとしてたから、バカ正直に聞いちゃったの、苦し紛れというよりはぽろってこぼれたって感じだった。
「そんなはずないさ」
 クラウドの声はどこまでも落ち着いてる。それにあったかい…ってもしかしなくてもこれ、クラウド濡れちゃってるってこと。
 けどオレにはもう、どうすることもできない。
「心がわかったらいいとは思うけどな。…今は、こうしたかったってだけなんだ」

2018/1

 



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