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フレアイ

210,013

「フリオニール!こっちッス!」
「ああ!」
 奇岩が乱立する荒野を走る。前を行くティーダを追って、後ろからは敵に追われて。…いや、だいぶ引き離したみたいだ。一瞬後方をうかがい、視線を戻すと、体勢を低くしたティーダの姿が岩の間に消えていくところだった。横穴だ。オレも同じように屈んで、滑り込む。
 少しの落ちる感覚。入り口の狭さの割になかなか広い洞窟のようだ。離れた場所からティーダが、唇に指を当てて合図を送ってくる。静かに!わかってる、すぐさま岩陰に身をひそめて、入り口のほうへ意識を集中した。
 足音が近づいてくる。命を持たない、無機質な偽物がたてる音が。…そのまま、遠ざかる。
「…行った?」
 ティーダが小さく呟いてから、さらに10秒ほど。ああ、もう大丈夫だ。オレは武器をおろし、ティーダに向かって頷いて見せた。
「危なかったッスね」
「だな。念のため、もう少し様子を見てから出よう」
「了解!」
 戦いを続けている以上、強敵との出会いは避けられない。大事なのは判断を誤らないことだと、オレは身に染みて知っていた。この闘争。そして元の世界での戦い。生きるためには、生かすためにはということを考え続けてきた、記憶が完全ではなくても、それだけはたしかだ。今回は逃げるという選択肢をとった。ティーダもオレの判断を信じてくれて。
 …そのティーダだが、危機を脱して安心するのもつかの間、何やら浮かない顔をしている。どうした?どこか擦りむいたとかそれとも、腕を組んだりして、寒いのか?たしかに洞窟の中はひんやりとして冷たい。
 その上静かだった。オレも心にひっかかるものがあって思考する。沈黙が流れる。
「なあ、ティーダ」
 ややして、その沈黙を破った。深い意図はなかった。ただちょっと気になることがあって、たしかめようとしただけだ。
 呼びながら、肩に手を乗せる。
「うわっ!?」
 その手を振り払われた。
「わ…ご、ごめん」
 ぱしんという鋭い音が、洞窟の中に反響するほど、強く。驚くにしては大げさな反応、本人にも自覚があるのか、申し訳なさそうな顔で俯かれた。
 オレといえば、驚きはもちろんあったものの、それどころではないという思いのほうが強くて。実は、ティーダのこの反応を予想してたんだ。もしかして、という疑念がはっきりとした形になる。
「いや、こっちこそすまない。…さっきも」
 さっき。オレは思い返す。
 オレたちが逃げてきたあのイミテーションと、出会ったときのことだ。先に気づいたのはティーダだった。手で合図をしてくる。あっちに敵がいる。まだこちらには気づいていない、その姿を認めたとき、背筋が粟立った。
 血が煮えたようになり、呼吸が早まる。本能の警鐘。気づけばオレは、背後から不意をつこうとしたのだろう、武器を構えるティーダの、腕を掴んで引き寄せていた。
 小石を踏んで音をたてたのは、オレだったのか、ティーダだったのか。
 気づかれそうになった。本当に間一髪のところだったと思う。二人で物陰に隠れることに成功した、…というより、オレがティーダをかかえて隠れたんだ。
 そして、息をひそめて通り過ぎるのを待った。隙をついて飛び出し、追われることにはなったものの、なんとか逃げ切れたというわけなんだが。
「さっきって?」
 そう、問題は。二人で隠れたときだ。オレはとにかく必死で…今考えると、ティーダを後ろから抱きかかえる格好になっていたと思う。しかも声を出させないよう、手のひらで口を塞ぎながら。
 でも、敵の様子をうかがう一方でオレは、ティーダの様子にも意識を向けてたんだ。
 あのとき、ティーダはずっと震えていた。
 すぐにそれどころではなくなってしまったが、こうして確信が持てた今、どうしてもうやむやにしたままではいたくない。あの震えが、敵ではなく、オレに向けられたものだと思うからだ。
 もう一度手を伸ばす。
「…っ!」
 ティーダはオレの手を凝視しながら、…後ずさった。
 その顔は、普段からは想像がつかないほど、怯えた様子で。
「すまない。もうしない。…そんなに嫌われてるとは思わなかったんだ。すまん」
「は!?えっ……ち、ちが…違うって、フリオ」
 まさか嫌われてるなんて。本当に知らなかった。悲しい、けれどしょうがない。そんなにいやなのに、我慢させてまで一緒にいる必要は…いや、悲しいが…しょうがないよな。気を使ってくれなくていいんだぞ、ティーダ。
「だから違うってフリオニール!これはアレ…あー…なんつーか」
 ティーダはひどく途方に暮れながら言った。
「オレ、触られんのが苦手なんだ。こっちこそ、ごめんな」
「何?」
 突然の告白に、オレは思わず固まってしまった。触られるのが苦手だって?かろうじて言われたことを反芻する。けれど、それはあまりに…おまえの人物象とはかけ離れてるじゃないか。
「戦ってるときとか、一生懸命なときは平気なんだ。でも、意識したときとか、ぼーっとしてるときもだな。ダメなんだ。なんていうかさ、苦しい、とも違うんだけど…ヘンになる。フリオだからってわけじゃないッス」
 こんな話は、他の誰からも聞いたことはなかった。たぶんだけど…ティーダ自身、はじめて話すんじゃないか?オレを傷つけないようにしてくれたのかもしれない、にしても、とても嘘を言っているようには見えない。
 そういえば、とオレは思う。戦い方も、避けることを前提にしているようなやつだった。それもそのせいなのだとしたら。
「どうしてなんだ?聞いても、いいか?」
「別にいいけど…それがわかんないんだよな。オレ、元の世界の記憶も全然だしさ」
 ティーダがうーんと唸るので、オレもつられて考え込んだ。触られたくないなんて、なぜ。そんな知識はない、…けれど強いて言うなら。
 故郷を追われた子供。その姿がぱっと思い浮かんだ。飛び上がって身をすくめる様子が、似ていると言えなくもない。恐怖。もっともらしい理由づけではある。勝手に決めつけることはできないが、単純に考え進めていけば、対処の案が一つ浮かんだ。
 要するにだ。
「慣れればいいんじゃないか?」
「…へ?」
 不思議そうな顔をするほどのことじゃないだろう。それしかない。オレのことが嫌いなわけじゃないというならなおさらだ。
 早速、先ほどと同じように肩に手を乗せてみる。見える位置からゆっくりと。今度は振り払われなかった。ただやはり震えがひどく、それを抑えようとしているせいか、驚くほど身を固くしている。
 オレは迷いつつも、次にもう片方の手で腕を掴んだ。体がびくりと跳ねる。
「なんだかヘンだぞ、これ」
 ティーダはおどけて言った。笑おうとして、見事に失敗した顔で。
 そんなにつらそうにしないでくれ。たまらない気持ちになる。オレは…。
「ティーダ、抱きしめてみてもいいか?」
「うええ!?」
 思いついたことをそのまま口にした。どうしてだろう。そうしたくて仕方がない。
「う、ちょ、それはさすがに」
「大丈夫だ。オレに任せてくれ」
「ま、任せてって…」
 返事を待つ。ティーダは下を向いて黙ったまま、動かない。
 いいんだな?…触れなおしてみる。抵抗はなかった。というよりは、動けないでいるんだろうな。石か何かかというほどに固まりきった体。引き寄せて、抱き込んだ。石のよう、だけど、温かい。
 やがて、ティーダの奥のほうから、震えが沸き上がってきた。オレの体をも震わせる。さざ波のように。寄せては返して、ひどくなっていく。だめだ。オレは両腕に力を込めた。
 ティーダ、おまえを怖がらせようとしてるわけじゃないんだ。怯える必要なんてどこにもないんだよ。
 そんな思いが通じることを祈りながら、目を閉じる。オレからあふれたものがティーダの震えをかき消す。注ぎ込む。いっぱいになって、膨らんで、
「痛いってフリオニール!!」
 はっと我に返った。
 慌てて体を離すと、ティーダがすごい顔で睨み付けてきた。す、すまない、夢中になってしまって。さらに身をよじってくるので、腕を掴んでいた手も放す。すまない…。
「で、どうだ?」
「…なにが」
「何か変わったんじゃないか」
「……わかんないッス!」
 もう一度手を伸ばしたが、ティーダは身を翻して離れていった。ほら行くッスよのばら!声も仕草も明るい。…無理して振る舞っているのが、後ろ姿から伝わってくる。
 そうだよな。一回で治るなら苦労はない。
「またときどき抱きしめさせてくれ」
 なら、治るまで繰り返せばいいだけだ。
 ティーダが振り返る。洞窟の入り口、逆光で何も見えない。
「言い方考えろっての!」
 瞬きをしている間に、そんなことを言い残してティーダは出て行った。あ、こら!警戒もしないで。まだ近くに敵がいるかもしれないんだぞ。まったく…。
 オレがしっかりしなければ。気を引き締めて、その後ろ姿を追いかけた。

2018/1

 



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