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続く物語を祝して

oo2部終盤らへん

 何もない一日が終わろうとしていた。飛空挺から降りて辺りを探索し、さしたる成果もないまま飛空挺へと乗り込む。それだけの一日が。
 …ったく、こういうのがいっちゃん堪えるぜ。迎えを待ちながらジェクトは一人ごちた。やることといったらモンスターを狩ることぐらい、しかも相手は数が多いだけの小物ときやがる。これだったら悪党にちょっかいかけられるほうがまだマシってもんだぜ、…とこれは、誰かに聞かれないようにしながら。
 むしろ難事が重なってばかりの近頃だった。闇のクリスタルを意のままにしようとするもの、力を引き出そうとするもの。そういう不届きものが次から次へと現れ誰もが疲弊している、今刺激が足りないなどと言うのは酔狂以外の何ものでもない。
 わかっちゃいるが愚痴の一つぐらいこぼしたくもなる…何もかも今日探索した場所のせいだ。それがジェクトの言い分だった。見渡す限りの平原。笑ってしまうほど何もない、こんな場所にも歪が生じるのだからこの世界はたちが悪い。
 あくびをしながらその平原を眺めて、…ジェクトは同じように遠くを見つめている人物がいることに気づいた。
「何ぼーっとしてんだあ、おい」
 相手が相手なので声音は自然とからかい混じりになる。終始こんな調子でいるせいで煙たがられることも多い、反応は大方顔をしかめるか呆れるか。
 そのどちらでもなく、ティーダは静かな声を返した。
「広いなって思ってさ」
 思いも寄らない落ち着いた様子に一瞬面食らう。…広い?何わかりきったことをしみじみと。それでもつられるように見渡した、起伏の一つもなければ、申し訳程度に背の低い木が佇むのみの広野。
「それがどうしたってんだ」
「んー…スタジアム何個入るだろって」
 これまた予想外のセリフでジェクトはまたも不意を突かれた格好になった。何の冗談。それにしてはティーダにふざけた風情はない。ただただもの静かな雰囲気、ちょっとした違和感はあったもののジェクトは、この話題に付き合ってやることにした。
 スタジアムねえ。そいつがどこまでを指してるかにもよるな。
 ジェクトは記憶を辿る。エイブスに所属していたあの頃。必ずしもスフィアプールと観客席だけを指してスタジアムと呼んだわけじゃなかった…もちろんジェクトからしたら、スフィアプールこそがすべてだったけれども。
 ブリッツボール・スタジアムには他の娯楽施設がつきものだった。まず内側から外周にいたるまで、グッズショップやファストフードの屋台が所狭しと軒を連ねる。運悪くスタジアムに入りきれなかったファンが集うためのレストランやスポーツバーも欠かせない設備だ。他にもショッピングモール、イベントスペース、遊園地などなど何でもござれ。まさに一大アミューズメントパーク、大抵の場合それらを総じてスタジアムと呼んだ。
 ルカでもそうだった。規模こそ小さいものの、シンがいるスピラにあってあの場所だけが時を止めたかのように賑わっていた。多くの犠牲を払い守られるのだとブラスカやアーロンから聞いた。単なる娯楽に留まらない、それだけの価値がブリッツにはある。苦々しくも誇らしく思ったあの感情を忘れない。
 …思考が逸れちまった。はっと我に返ってジェクトは視線を平原に戻す。こんだけだだっ広い地形だ、スタジアム丸ごと造るにしても…まあ、十はくだらねえだろうな。ルカぐらいの規模ならもっとだ。
「そんなに造んの?んじゃ、チームも10個作んないと」
 一つの本拠地につき一つのチームという単純計算。
「でも6チームぐらいあればシーズン盛り上がるよな」
 たしかに、と思う。チーム数は多ければいいってもんじゃねえからな。ファンの数は有限だ。選手の質のこともある。チーム一つにつきスタメンは6人、これに控えのメンバーも必要で、コーチ、監督まで合わせると…。
 なんとはなしに考えて、ジェクトははたと気づいた。
「…おめー」
「できたらいいよな。シーズンなんて言わないからさ…せめてひと試合だけでも」
 背筋を薄ら寒いものが過ぎる。遠くを見つめたままのティーダの妙な様子も相まって、ジェクトは自分でも思いがけないほどうろたえてしまった。バカ言ってんじゃねえ、怒鳴りつけそうになって。
「なんてな!」
 悪戯っぽくはにかまれる。なんつー顔してんだよ、…こっちのセリフだバカヤロー。
「別に想像するくらいタダだしいいだろ」
 ティーダは悪びれずに言う。ジェクトは舌打ちして後頭部を掻いた。タダで済みゃあいいけどな…なんせここは心に隙を作ろうものなら何につけこまれるかわからない世界だ。思い出されるのはこの間のエースたちの件。おめー自身一悶着あったんじゃねえのか?どうせはぐらかすから、詳しくは聞いちゃいねえが。
 十中八九反抗心からくる強がりだろう、かねてからティーダはジェクトに対して本音を明かそうとしない。…そういや。ジェクトはまたも気づく。この違和感の正体はそれか。
「オヤジは未練ないのかよ?」
 放ってはおけない事柄なのはわかったが、単刀直入に問いかけてくるとは思わなかったというのが正直なところだ。
 それでも間髪入れずに返す。
「ねえよ」
 ブリッツには。…これは心の中で。
「あんなもんはしょせん一つの手段でしかねえ。オレ様の実力を発揮させるのに、あの場所が一番ふさわしかったってだけの話」
 満員の観客が沸く瞬間に快感を覚えたのはたしかだ。熱狂的なホーム、アウェイではブーイングを感嘆のため息に変える瞬間が。
「なけりゃねえでかまいやしねえよ。オレ様は天才だからな。場所も方法も選ばねえのさ」
 存分に力を奮えるという点においてはむしろ今のほうが性に合っている。
「あんたらしいな」
「まあな」
 …でもオレは。ティーダが小さくこぼしたのを聞き逃したわけではなかった。けれどジェクトは構わず続ける。
「大体こんなとこで試合なんかやれるかってんだよ。観客もいねえ、選手だって足りねえ」
 数えられるのはせいぜいオレとおめーと、ガードの若造の3人だけ。仕込めば形になりそうな骨のあるやつならちらほらいるが…危険な思考だ。ジェクトは言葉を切ってそれを振り払った。
 言ってしまえばその気になりさえすればいい話だ。仲間ごと倫理をかなぐり捨てる。スタジアムを築く。選手と観客ならイミテーションがいくらでも代わりを務めてくれるだろう、…それに何の意味がある?
「だけどこれからだったんだ。オレまだ何も、何の成績も残せてない」
 ティーダが耐えきれなくなったという面持ちで吐露する。やめろ、制止しようとしたが間に合わない。
「それに今はあんたがいる」
 その瞬間ジェクトは息ができなくなった。
 溺れでもしたかのように。…マジかよ、暗い海の底だろうが極寒の雪山だろうが、ぴんぴんしてたオレ様が。
 視界が暗転するかのような感覚さえあって身動きがとれない。ここで諫めるのが親の役目だというのはジェクトもよくわかっていた。けれど見つめてくる目、そこに込められた思いがまるで責め立ててくるようで。
 どうにか息を吐いてかけるべき言葉を探す。バカヤロー、こだわる必要なんてねえっつってるんだよ。…本当にそうか?息子を一流の選手にしてみせる。固執して息巻いていたのは他ならぬ自分ではなかったか?
「くだらねえな」
 結局は吐き捨てるような言いようになってしまったことを、ジェクトは内心で悔いた。
「オレがいねえと成績の一つも残せねえか?直接ぶっ倒さねえと気が済まねえってか。…違えだろう。オレの時代があっておめーの時代がある。そういうもんだろうが」
 ティーダは拳を握りしめて俯く。その姿は涙を堪えているかのようでもあって、いっそ茶化してやれればよかったのにさすがのジェクトにもそこまでの余裕はない。
「しっかりしやがれ」
 代わりに思い切り背を叩いてやった。よろめくだろうという力強さで、…しかしティーダはその場に留まる。痛えっつの!抗議してくるのには、ふんと鼻を鳴らすことで応える。
 成長したじゃねえか。結局はそれがジェクトにとってのすべてだった。知り得なかった未来がここにある。今ならこの先の栄光を心から信じてやれる。十分だ。これ以上を望むなんてばちが当たるってもんだぜ。
 そのとき一陣の風が吹き荒んで、二人に迎えの到着を知らせた。やっとかよ、ジェクトは上空を仰いで張っていた気を緩める。
「おら、さっさと戻んぞ」
「…わかってるって」
 降りてきたタラップへとティーダを先に向かわせる。その後ろ姿が振り返ることのないように見守りつつ、ジェクトは後頭部を掻いた。
 未練がねえなんてこたあねえよ。どうしたってな。さっきのだってもっともらしいご託並べて、誤魔化したってだけだ。…けどよ、満足もしてるんだぜ。伝説のまま終わるってのも悪かねえ。ガキは親の背中見て育つって言うからな。
 だから、とジェクトは思う。勝手で悪いがよ。せめてブリッツぐらいはこのまま、おめーの目標でいさせてくれや。

2020/3

 



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