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紡いだ日々の証明

アーロンとティーダ
oo 2部7章のその後的な
暗い&独自解釈バシバシ


 静寂は大所帯の飛空挺故に、あまり遭遇することのない代物だ。ましてやそれが食堂に訪れたというのだから珍しいこともあったものだと思う。飽きずに世間話を続ける連中も、居座って酒をあおる輩もいない、だだっ広い空間に今はオレとこいつの二人だけ。無意識のうちについたため息までもが、嫌味なほどによく響く。
 さて…。オレはといえば最後の一杯をちびちびとやりながら、どうしたものかと思案中だ。傍らをちらりと見やる。この期に及んで顔を上げようともしないとはな…おい、いい加減何とか言ったらどうだ。呟いた声に少しばかり、棘を含ませてしまったかもしれない。
 だがそのおかげか、テーブルに突っ伏したままでいたこいつの肩がぴくりと動いた。こちらを伺うように覗く片目。
「何があった」
「……別に。何も」
 思わず苦笑しそうになった。何も、か。ならそれ相応の態度をとるんだな。
 ふらっとやってきて突っ伏したかと思いきや、微動だにしないままの狸寝入り、その状態でどれほど時間がたったと思ってる?この場に静寂をもたらしたのは間違いなくおまえだ。何もないと言い張るつもりならそれでも構わん、がいつまでも付き合ってやるつもりは。
 …まあ、ないとも言い切れんな。心境としては好きにしろといったところ、加えてこの静寂に心地よさを覚えるのもまた事実だった。こいつがこのまま眠ってしまえばどんなに楽かとも…。今度こそ笑ってしまって、残りの酒を一気にあおって誤魔化す。オレも焼きが回ったものだ。
 目を瞑る気でいるこいつも相当だがそれより、言わせようとするほうが厄介ではないか。なぜならオレはすでに何があったかを把握している。他でもない、こいつの父親から愚痴のように聞かされたせいで。
 まったく…厄災だか何だか知らんが、余所の世界の理が余計なことを。話を聞いただけのオレですらせり上がってくる苦味をうち消しきれない。酒の力を借りたにも関わらずだ。こいつにいたってはどれほどの…情けないことに心情一つ想像するのにも酒を頼っていたらしい、飲み干してしまったことを少し後悔した。
 そんな折り、横でのそのそと起き上がる気配が。
「アーロン」
 タイミングとしては悪くない。オレも意を決して向き直る。
「オヤジ、何か言ってた?」
「…いろいろとな。おまえを心配していた」
「うくっ」
 妙な息づかいをする。小さく嘘だろと呟く声が続いた、…どうせ素直に受け取らないだろうとは思っていたが。
 しかし張り詰めていたものを解く手助けにはなったようだ。空気が和らぐのがわかった。
「余計なお世話ッス。オヤジこそ落ち込んでたんじゃねーの?…たしかに昼間のはそこそこきつかったけど。自分の顔してるやつとっての、何回やっても慣れないって」
「イミテーションとはまた違ったからだろう」
「まあ、うん。それもある。すげー似てたし、クラウドたちんとこも大変だよな、あんなのがいるなんてさ」
 どこの世界もいろいろあんだなー、いいやつもいて悪いやつもいて。なんかスピラに行ったときのこと思い出すよ、ほら、オレ平和なとこで育ったし。
 まるでオレではない他の誰か、たとえば自分自身にでも語りかけているかのような口調だった。オレは聞き手に徹し、代わりに注意深く見張る。そのうちにいつもの調子に戻るのではないかという淡い期待があって、…だがすぐに甘い考えだったと思い知らされることになった。
 わずかな変化だ。張り詰めて一度は解けたはずのものが、今度は縒れ合い縺れていくといった気持ちの悪さ。
 または、脆さ。少しでも間違えれば崩れ落ちる、この感覚には覚えがある。
「あいつ消えたくないって言ってた」
 静かな声だった。
「その気持ち、よくわかるんだ」
 そしてわずかに震えていた。笑おうとして失敗した顔、記憶を辿りかけていたオレは現実に引き戻される。
「オレも……」
 つかの間の静寂。口にするのをためらっての間なんだろう。オレにはこいつが言わんとしていること、どれほど重い言葉で、口にするのにどれほどの苦しみが伴うかを、想像するしかなく。
 せめてこちらを見ろとは言いたかった。目を見て推し量ることができたら。
 思いが通じたかのように見上げてくる、その目にも既視感を。
「…オレも、消えろって言われたらどうしよう」
 このときでさえなければ、何を馬鹿なと一笑に付したところだ。返答に窮したのはあれだけ間をおいたにも関わらず、この問いを予想できなかったからに他ならない。…それをおまえが言うのか。今のおまえが。この世界で再会して以来、見聞きしてきた姿にはそぐわない頼りなさ、ルカでのやりとりが思い出された。先ほどの既視感もこのときのものか。
「そんなわけがないだろう」
 考えなしに口に出したのは失敗だった。
「何で言い切れるんだよ、わかんねーだろ!」
 突然の激昂。
「なぜそう思う」
「それは…っ!みんなオレのこと、ちゃんとは知らないだけだ。本当のこと知られて、…一緒にいられないって言われたら」
「くだらんな」
「…アンタだって!」
 冷静を装ってはいたが、その実オレは唖然としていた。不安と恐れ、ありのままの感情をぶつけてくるその剣幕。胸ぐらを掴まれ逃げ場を失う。
「面倒見てたのが夢だってわかって、気色悪いって思ったんだろ!?」
 言われたことの意味が理解できなかった。
 …最初のうちは。あまりに多くのものが押し寄せてきて、どれもすり抜けていく、一つも掴むことができない。氾濫するそれらを前に呆然と立ち尽くす。これは何だ。怒りか、それとも別の何かか。
 記憶か。
 その瞬間、オレの記憶が砂時計をひっくり返したかのように巻き戻った。先ほど思い出したルカの情景をも超えて、もっとずっと遠くへ。

 こいつがまだ小さかったときのことだ。突如として現れたオレを受け入れられず、かといって一人の事実に耐えられもせずに、こいつがずっと泣き続けていた頃。…ああそうだ、泣いてはいたが、それを認めようとはしなかったな。オレの前ではおまえは強がってばかりいた。
 当然、まともな会話など望めもしない。嫌味に噛みついてくればいいほうで、無視が大概、ある日突然人が変わったかのように話しかけてきたときは、驚いたものだ。オレが気づかなかっただけで、おまえには何か、きっかけとなる出来事があったのかもしれないな。
 だが本当に苦労したのはそこからだった。両親を失ったショックから不安定になっていたこいつは、何かにつけオレが嫌がる行動ばかりを繰り返したのだ。暴言を吐く、飯を食べない、片付けない、手当たり次第物に当たり散らす。…後から知ったが、試し行動というやつらしい。一番やられたのが人混みに連れ出されてはわざとはぐれるというもの、どんなに見張っていてもするりと逃げられる、あれには本当に手こずらされた。
 そうやって言葉ではなく行動で、幾度となくオレに問いかけてきたおまえ。曰く、アンタはいなくならないか、オレを必要としているかと。しつこく何度も、…うんざりしなかったといえば嘘になる。苛立ちのあまり無意味に怒鳴ったこともあった。はぐれないように手をつないでいればいい、そんな簡単なことにさえ、気づくのに随分かかったくらいだ。
 …それでも。

 見つかるまで探し続けた。おまえと向き合うのをやめなかった。それらすべての日々、前のことも後のこともすべて、念頭に置いた上で。
 オレはあえて卑怯な言い方を選ぶ。
「おまえは一緒に過ごしたのが死人だったと知って、気色悪いと思ったのか?」
 実に卑怯な言い回しだ。オレは今こう問いかけたのだ、こんな言い方をされて、オレがどれほど傷ついたと思う?
「……っ!」
 途端に青くなる顔色。暗く陰っていた目が大きく見開かれ、驚愕とも痛恨ともつかない色に染まった。
「…ご、……ごめん」
 喘ぎながら吐き出して、なおも苦しげな息をする。オレはどうしようもない気持ちになる。今の言葉だけは後悔するわけにはいかない、堂々としていなければ。…実際にはかろうじて取り繕えただけ、こいつ相手だからできたようなものだ。
「ごめっ…!」
「落ち着け、ティーダ」
 どの口がとは思うが、もう構ってはいられなかった。オレは聖職者にでもなったつもりで震える肩を抱き寄せる。他に方法を知らなかったあの頃ならいざ知らず、今をもってこの手を使うことになるとは。
 抱き込んだのはこいつのためでなく、自分のためだったのかもしれない。震えが収まるのをじっと待ちながら、声を押し殺して泣く癖をついぞ直してやれなかったと、そんなことを考えた。

2019/6

 



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