タイトル通りのooネタ
帰りが随分遅くなってしまった。こんなに遅くなるのははじめてのことだ…あらかじめ行き先は告げてあったから、罪悪完を覚える必要はないんだが。
精神的なものを含めた疲労感が、オレをこんな気分にさせるのかもしれない。時間を忘れるほど何に夢中になっていたかといえば、幻獣界でのオーブ収集、苦行といってもあながち大げさじゃなかった…新たなアイテムによる武器強化、試したのはいいがこれほど手間取るとは。
大体、この努力に見合う成果が得られたといっていいかどうか。オレは手に入れたばかりのそれを取り出し、眺める。スフィアというこのいっそ禍々しいほどの赤色をした球体は、防具に装着することで効果を発揮する、言うなればマテリアのような代物らしい。このためにひたすらオーブをかき集めたわけなんだが、肝心の効果の程は不明だ。なら早速試せばいい、…ところがそうはいかない、マテリアとは決定的に違って、簡単に取り外しできるものではないからだ。
モーグリによると、だが。あそこまで強調されればたしかに、安易に使うのはためらわれる。それに今すぐ使わなければならない理由があるわけでもない。ただあれだけの時間と労力をかけたんだ、オレにはこれを使う権利がある、とも考えてしまって。
オレは少しの間ぼうっと立ちすくんでいたようだ。
はっと我に返ったのは、背後で人の気配がしたからだった。
「おーい!」
響いた声に不覚にも肩を震わせられる。戻ってないやつがオレ以外にいるとは思わなかった、それももちろんだが、声をかけてきた相手が…なんというか、こんな時間に会うはずないだろうというような、勝手なイメージがあって。
ティーダ。離れたところにいたはずのそいつはあっという間に近づいてきて、振り向いたときにはすでに目の前、ぶつかってきそうな勢いのままブレーキをかけるのにオレはたじろがされる。
「クラウド、あれ、今帰り?」
「ああ」
「ええー、何やってたんだよこんな時間になるまで、いけないんだあ」
それはお互い様だろう。ため息交じりに返すとティーダは、へへ、まあね、といたずらっぽく笑った。かと思いきや飛空挺のタラップを駆け上がって、その先で屈伸しはじめる。ゆっくり追いかければ待ちきれないといった様子で戻ってきた。相変わらず落ち着きのないやつだ。
「一人か」
「そッスよ。…聞いてくれよクラウド。みんなひどいんだぜ、先帰っちゃうんだもん。オレ一人で居残りでさー、超大変だったッス」
どういうことかは問いかけるまでもなく、ティーダは問答無用で話し続ける。一人で何をしていたか、何がどう大変だったのか、こういうモンスターと戦って、いっぱい倒さなきゃいけなくて、…具体的なようでいて大ざっぱな内容だ。察しはつくから別にいいんだが。
一人で居残りとくればあの場所しかない。そしてあの場所でやることといえば…。
「というわけでー……ジャジャーン!見て見て!」
ほらな。ティーダが見せびらかしてきたのは予想通りのもので、特に驚きはしなかった。スフィア。おまえのは紫色をしてるんだな。
「ちょっ、反応うっす!」
そう言われても。感動しないものはしょうがないだろう、唇を尖らせてるところ悪いが、オレにも事情があるんだ。そもそもオレにリアクションを求めるのが間違いで…まあこの場合、説明するより見せてしまうほうが早い。
オレは懐から自分の分を取り出した。
「えっ……うわ、わあ!それクラウドの?」
とたんにティーダが瞳を輝かすので、こっちが驚かされる。初めて見たわけじゃないのに何でそんなに興奮するんだ?
「見せて見せて!」
困惑していたらいつの間にか、オレのスフィアがティーダの手の中に、オレの手には代わりに、ティーダのスフィアが握られていた。素早いな。…いやそうじゃなくて、見せてもらう代わりにオレのも見ていいよということなんだろう、それはわかるんだが。スフィアを眺めてははしゃいで、かっこいいだのきれいだのと…何だか居たたまれない。
気恥ずかしい。無意識のうちに俯いて、オレの視線はそれを捕らえた。
きれいだと言うならおまえのほうが。
そう考えたのが運の尽きだったのかもしれない。オレは握りしめたティーダのスフィアから、目が離せなくなっていた。
本当に大変だったんだ。何がって、オーブ集め。ちょっとは手元にあったのに全然足りなくって、幻獣界行かなきゃって言ったら最初は手伝ってくれるやつもいたのに、帰っちゃうくらい時間かかった。
そんなんだったから余計びっくりしたんだって。戻ったら人がいて、そいつもスフィア持ってるとか。でもオレとは違う赤い色だ。人によって違うんだなー、そう呟いたらクラウド、モーグリが言ってだろ、だってさ。そうだっけ?ちゃんと聞いてなかったかも。
でもこれを作るの大変だったのは同じだろ、…それ考えてやっと、あって気がついた。クラウドも帰りがこの時間になっちゃったの、オーブ集めてたからか?幻獣界で?…何を今更って顔された。マジかよ!
「じゃあ一緒にやれたじゃん。言ってくれればよかったのに」
「お互い知らなかったんだ、しょうがないだろう」
「そりゃそうだけどさ!」
あちゃーって感じだ。たしかに幻獣界は広くて、オーブの泉は何カ所かある。それにしてもこんな時間までどっちも気づかなかったとか、不思議っていうよりぶっちゃけ、オレらマヌケじゃないか?
おかしくてちょっと笑っちゃって、それを誤魔化すためにクラウドにスフィアを返すことにした。サンキュー、…って、どうしたんスか?
「ティーダ、頼みがある」
何やら深刻そうな顔してるなと思ったら、そう切り出してきた。あ、うん。オレもへらへらしてたのやめて慌てて身構える。いきなり何だよってそれ以上に、クラウドがマジな雰囲気だったから。
「これをオレにくれないか」
マジな雰囲気だったからこそ、流れのままいいよとは言えなかった。
まずは理解するとこからだ。クラウドの言ってるこれっていうのは、えっと、スフィアのこと?くれっていうのはそのスフィアがほしいってことか。
「それとも誰か他に渡す予定があるのか?」
「あ、いや、ないッス。けど…」
混乱気味になっちゃったのはただただ、意外だったからだ。そんなこと言われるとは思ってなかったし、元々だって自分で使うんだろうなーって、ぼんやり考えてたくらいだったし。
だからすぐに答えられなくて黙っちゃってた。そしたらクラウドが。
「代わりにオレのをやるから」
だめ押しって感じで言ってきて。
オレは思わず手の中のスフィアとクラウドの顔とを見比べる。嫌とかじゃないんだ、むしろいいの?くらいの気持ち。いいッスよ、くれなくたってあげるよ、…いややっぱクラウドのはほしいな。
「じゃあ交換ッスね」
一回決めちゃえば何迷うことがあったんだろってぐらい、すんなり答えられる。こんなの難しいことじゃない。クラウドがすごくほっとしたような顔するのにも、そんな気を張ることかよって言いたかった。
「早速着けてみよっと」
無邪気に言うティーダには悪いが、その言葉でようやく、冗談じゃないんだと信じられた。やっぱり嫌だなんて言われたらどうしようかと、…そう思ってしまうほど真剣だった自分に気づいて、今更決まりが悪くなる。
その反面、こうなったら、と開き直る気持ちもあって。
「貸せ」
本当にためらいなくスフィアを使おうとしているところに、横から割って入った。困惑した様子のティーダにはかまわず、そのまま。
指でそっと押し込む。赤色のスフィアは溶け込むようにはまって、光の筋を刻んだ。さらにオレは当然のようにスフィアをティーダに渡して、自分の防具を差し出す。同じく溶け込む紫色。
まるで…。
「こんな風になるんスね」
ティーダの平然とした声が思考を遮る。早く試したいよな、話しかけてくるのにかろうじて頷いてから、気づかれないようにそっと息を吐き出した。
「なんかオレら恋人同士みたい」
完全に油断しきってから言うのは、卑怯だ。しかもあっけらかんと言い放ったくせ、はっとして顔を赤らめるなんて。俺も何も言えない。
自分のことを棚に上げるようだが…今のはさすがに、おまえが悪い。
2019/4