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泣きっ面にジャケット

013

 最近気づいたことがあるんだ。わーってなったときどうにかすんの、結局泣いちゃうのが一番手っ取り早い。物に当たったり怒鳴り散らしたりっていうのには相手が必要だろ、迷惑かかるのはもちろんだし、こっちもやな気分になってすっきりしないし。
 そういう意味じゃ泣くってのは、自分だけで済ませられるから何もうしろめたくないもんな。こそこそ隠れて…って普段だったらごめんだけど、これだけは別、むしろ誰にも見つからないようにするのは大前提で。そこんとこさえ気にしとけば効き目はまず間違いなし、好きなだけめそめそして気が済んだら、ぱんっとほっぺ叩いてそれで終わり。な、手っ取り早いだろ。
 実際今だってオレ、みんなから離れたとこに一人でいたりして。ちょっと陰になってるだけの場所。ここじゃ見つかりやすい気もするけど、それはしょうがない。最近じゃ大前提の状況にするほうが難しいんだ。みんなで固まって行動してるから、ほら、いろいろあって…大変で。
 本当なら、こんなふうに時間使うのもよくないんだと思う。休憩するにしたってもっと他にやることあんだろ、…あー、だめだめ、そういう考えよくないぞ。頭ん中空っぽにするのが目的なのに、同じとこはまって抜け出せなくなる、一番危険なやつ。
 いったんリセットしよう。ふうっと息吐いて、目閉じて。オレの場合、何でもブリッツにたとえるのが簡単でわかりやすいんだ。まずイメージするのは試合中のスタジアム、その騒がしさ。
 ブリッツは、特にプロの試合ともなったら、目まぐるしく攻守交代して一瞬ごとに状況が変わるスポーツだ。過激なボールの奪い合い、息をのむってパターンもあるけど、大抵はみんな声を張り上げて熱狂する。応援だったりヤジだったり、中には自分が選手になった気になる人まで。そんな歓声に包まれて、選手も命がけでプレイするんだ。味方チームと相手チームのぶつかり合いで、やっとの思いでシュートして、点になったり阻まれたり、その度にお客さんが興奮する。それが何回も繰り返される。
 ものすごい熱気が渦巻いて、…そのうち全部、ごっちゃになってくんだ。大体は試合終了の合図が最高潮。勝ち、負け、引き分け、感想が違うぐらいで、興奮度合いは大して変わらない。嬉しいのも悔しいのも分かち合いながら、あとはみんなで、少しずつスタジアムから引き上げてく。
 オレの気持ちもそれと一緒だ。ぱんぱんに膨らませてから、試合後の誰もいなくなったスタジアムみたいに、真っさらになるまで吐き出してけばいい。
 そうそう、誰もいないスタジアムといえば、たまに一人で残ったりもしたなあ。あの雰囲気がけっこう好きでさ。静かで、でも余韻みたいのがあって、また次の試合がんばろうって気持ちになれたんだよな。
 だから今もさっさと済ませて、そんな風になれたら。俯いてたから地面に直に、ぱたぱたと水滴が落ちる。何となく見てられなくて顔上げた。
 そしたら誰かがいて。
「わあっ!?……び、びっくりした」
 マジで心臓止まるかと思った。気配なんてなかったぞ、…とっさに、フリオたちに言われてること思い出す。隙だらけとかなんとか、そんなわけないだろっていつも言ってたけど、あれマジだったのかよ。いやでもオレのせいじゃないって、こいつのせいだって。
 スコール。びっくりしたのはこっちのセリフだなんて言わんばかりの仏頂面で、睨むなよ。言いたいことがあるんなら言えよ、…情けないことに固まっちゃって、オレは何もできない。
 とにかくやっちまった感がすごかった。よりによって何でこいつなんだ。こういうとこ一番見られたくない相手だって言ってもいい、スコール以外ならよかったってことでもないけど、だからってこいつじゃなくても。
 仲良いとかよくないとかって問題じゃなしに、合わないんだよな、性格が。相性が悪いっていうの?向こうもオレのこと嫌いだろうし、オレもこいつに対しては、スカしやがって、絶対負けねえみたいな、変な対抗心燃やしてるとこあるし。
 そんな相手に見られたんだ、もうどうしようもないって。…まあそれはスコールも同じか。おまえもタイミング悪いよなー、固まってリアクションとれないでいんの、なんか…ごめん。って謝ることじゃないんだけど、バツが悪いのは事実っていうか、あーっ、これだから誰にも見つかりたくなかったんだよ!
 どうすんだこの状況!ってとこでふと、見つかったのがこいつでよかったかもって考えが浮かんできた。スカしたやつ。逆に言えば、人のことはどうでもいいってやつだ。余計な心配とかなしに見ないふりして、さっさとどっかに行ってくれるはず。
「……」
 …って居座るのかよ!
 完全予想外の展開に、オレは呆然とするしかない。斜め前くらいの位置、こっちに横顔見せる感じでどかっと座り込むスコール。おまえ何のつもりだよ。こちとら、おまえなら見ないふりどころか誰かに言うこともしないだろってタカくくってたとこ、恥ずかしいの必死に我慢してるってのに。
 用があるんならまだしも、座ってじっとしてるだけ、そういうわけでもないんだろ?ちらっと視線向けてきて、一瞬目が合う。慌てて知らんぷりしてくる、…な、何だこの空気。
 どっかに行けばいいって?いやそうなんだけど、陰になってるとこにいるって言ったろ、スコールが出口塞いでる感じになっちゃってるんだ。わざわざどかしてまでっていうのもあるし、そもそも何でオレが追い出されなきゃいけないんだって話だよな。
 スコールがどっか行けよ。…何でガンブレード取り出すんだよ、手入れ?どっか他でやれってば。
「あのさ…」
「……」
 くそ、だめだ。話聞いてない。つーか話しかけるなってオーラめちゃくちゃ出してる、…いや怯むなオレ。悪いのはこいつだ。この場所を先に見つけたのオレのほうなんだから、遠慮することなんてないんだぞ。
「ずっと気になってたんだけど」
 どうせだ、居たたまれないのどうにかするついでに聞いちゃおう。
「それってどうやって爆発させてんの?」
 何つったっけ、スコールの技。それ振り回してるときボン!ってなるやつあるじゃん。銃なのは知ってるけど何で爆発すんのかなって、前から不思議で。
「……」
 そんなケーベツしたような目で見てくることないだろ。ちょっと聞いてみただけじゃん…聞かれたくないことだったんなら謝るけど、でっかいため息なんかついちゃってさ、オレに話しかけられんのそんなに嫌かよ。
 だったらこんなとこにいなきゃいいだろ。そんなにどうでもいいならさあ。
 …もう限界だった。むかつく、いい加減にしろよスコール。オレは怒鳴りそうになって。
「何」
 ごそごそしてジャケット脱ぎ出すから、は?ってなって一瞬戸惑う。やるのかよ。真っ先にそう思っちゃって構えはしたんだ、けど投げつけてくるなんて思わなくて、わっぷ、避けれない、顔面に直撃する。
「何すん」
「勝手にすればいいだろ!」
 被せ気味の大声。
「泣きたいんなら、泣けば!」
 それだけ言ってスコールはそっぽ向いた。はあ?…最悪だ。びっくりもしたけど一番思ったのがそれだった。オレからすれば、怒鳴ろうとしてた相手に先に怒鳴られたってほうがショックでかくて。
 何より意味わかんなすぎた。こっちに背を向けてはいるけど、どっかに行くつもりはないっぽいスコールの、耳が真っ赤なのも。それにこのジャケット。どうしろってんだよこれ、とりあえず考えてはみるけど…泣けばって、これ被って泣けって?おまえのそばで?
 まさかな。そんなわけないっての。考えながらオレの手が震えはじめて、視界までぼやけ出す。なあスコール。もしかしてなんだけどおまえそっち、みんながいるほう向いて、誰かこないように見張ってくれてたりする?…そんなわけないよな。でもごめん、止まんない。
 あと勝手だけだけどさ、さっきのなしにさせてくれよ。スカしたやつっての。ごめんな。

「ティーダを知らないか?」
 誰かと誰かの会話。
「ああ、それならさっき、あっちに歩いて行くのが見えたよ」
「一人でか。あいつもしかして、また…」
「うん。泣いてるかもね。大丈夫、今はそっとしておこう」
 適当に落ち着ける場所を探していたところで、意図せず聞こえてきたんだ。聞き耳を立てるどころか、会話の中身を理解するつもりすらなかったオレは、すでに指さされた方向に歩き出していて。そのまま見つけてしまったというわけだ。今はオレの後ろで、声もなく泣くこいつを。
 誰しも人に知られたくない側面はある。負い目を感じたのは事実だ。だからこそそのときの行動が、オレ自身理解不能で。
 放っておく気になれなかった。…どうしても。あいつらのように、見て見ぬふりをするのが優しさだとわかってた、大体そばにいたところでオレに何ができる?困惑させて、あまつさえ当たり散らした。別の意味で泣かせてしまったのだと言われれば、…くそ、否定できない。
 それでも放っておけなかったのは、自分に限りなく正直になるなら、こいつのこの姿を誰にも見られたくない、と。そう思ったからだ。
「スコール…」
「…何だ」
 なぜかはわからない。わからなくていい。
 どうせ二度目はないんだ。あったところでどうする。次は胸でも貸してやるつもりか?
「鼻水つけちった」
「……」
 やっぱりごめんだ。二度とごめんだ。
「ごめん」
「…………別に」
 もういいから、そのひどい顔をどうにかしろ。

2019/1

 



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