text1 | ナノ
 

円舞曲

ティーダと2勢
あらゆる意味でパラレル


 1、2、3。
 手拍子に合わせてステップを踏み、くるくると回る。二人で一緒に、時には交互に。寄りかかってきたパートナーの腰に手を添え、背筋を反らすのを支える、起き上がるのを助け、その反動でまた、くるくると。
 同じフレーズを2回ほど繰り返して、オレたちは互いの体を離した。締めの一礼。優雅に腰を折るパートナー、マリアは満足げな笑みを浮かべている。どうやらうまくいったようだ。オレはほっと息をついた。
「こんなところかしら」
「…すっげー!」
 ワルツを踊ることにはいつになっても慣れない、そんなオレの緊張をよそにティーダが、先ほどまでの手拍子を喝采の拍手に変えて興奮気味に騒ぐ。二人ともかっこいい!なんて大げさな、けれど言われて悪い気がしないのは、ティーダの目に一点の曇りもなく、心の底からの賛辞だとわかるからだろう。マリアもまんざらじゃなさそうだ。
「これをお城で踊るのか?」
「そうよ。ティーダも踊るの」
「おおー!」
 ティーダが目を輝かせながら身を乗り出すので、自然と笑みがこぼれる。興味を示さなかったら、というのは杞憂だったな。思えば舞踏会の招待状が届いたとき、誰よりもはしゃいだこいつだ。
 夏の終わりから秋のはじまりにかけて、王国中が収穫祭で賑わうこの季節に、城で催される舞踏会。この本来なら別世界の出来事であるはずの恒例行事に招かれることになったのは、とある縁あってのことだった。…とある縁。こちらも本来なら、そう簡単にくくっていいものじゃないんだけどな。王女直筆の招待状とはなんと畏れ多い、もう少しうろたえてもいいところだ。
「早速やってみましょう」
「うん、やるやる!…って、どうすればいい?」
 こいつがいることで気が大きくなっているのかもしれないと、ふと思う。ティーダに対して兄のように振る舞っていること、この間もマリアにからかわれたばかりだ。
「片手を腰に。ホールドするんだ」
「このへん?」
「こら、もう少し上よ」
「わっ、ごめん」
 否定はしない。自覚もないわけじゃない、だけどそういうマリアこそ、ティーダをたしなめる態度は弟に対するそれじゃないか。
 まあこのことに関しては、ティーダ自身の気質のせいでもあるんだろう。どこか放っておけない気にさせる。そんなやつだから。手をもっと上に、背筋をピンと伸ばして、…二人がかりで体勢を整えられて、おとなしくしている。こんなところも…。
「な、なんか思ったよりきついな、これ。この格好のまま動くんだろ」
「ずっとじゃないわ。これは基本」
 なんとか形だけはそれらしいものができあがったので、オレは二人から離れ、やりとりを眺めていたガイの横に並んだ。改めて見ると…さっきまでとは打って変わって体を固くしたティーダに、マリアの組み合わせか。ふふ、何だか微笑ましいな。
「二人とも準備はいいか?」
「ええ」
「オッケーッス。手拍子よろしく!」
「よし」
 ガイと頷き合って手のひらを構える。
「フリオニール。ゆっくり」
「そうだな、ゆっくり」
 1、2、3、オレたちの手拍子で二人が踊り出す。
 はじめのうちは、そろりそろりと。といってもマリアはさすがのものだ。テンポや相手を変えても堂々とした立ち振る舞い、流れるような足運び。
 一方のティーダは下を向いて足元を気にしている。…わかる。気持ちはわかるぞ、ティーダ。
 まるで過去の自分を見てるみたいだ。オレは昔からどうもこういったことが苦手で、踊れるようになるまで随分苦労した。何度マリアの足を踏んでしまったことか。マリアだって嫌だったろうに、辛抱強く付き合ってくれて、励ましさえしてくれて。
 今となってはいい思い出だ。当時はなぜこんなことを、と内心反感を抱いてばかりいたけれど。身分はどうであれ、作法の一つとして、ワルツを習うというフィン王国に生まれたもののしきたり。逆らわなかったのは、孤児のオレを引き取った上、人並みの教育を受けさせてくれた、マリアたちの両親の厚意を無下にできるはずがなかったからだ。
 そういえば、あの頃はレオンハルトも共に…懐かしさに浸っているうち、思い至ったことがもう一つ。
 ティーダはワルツを踊ったことがない。それが意味することは、大抵は、フィンの出身ではないか、もしくは引取先に恵まれなかった孤児かということだ。
 こいつの場合、もっと特殊な事情があった。出身どころの話じゃない。ティーダはこの世界の人間じゃない。ワルツどころか、この世界のすべてが、ティーダにとって新鮮なものばかりなんだ。
 だから足取りが覚束ないのは当然で…あ、あれ?
「こんな感じ?」
「ええ。…すごい。できてるじゃない」
「マジで?やった」
 いつ転ぶかと思ってたのが、…もちろん期待してたわけじゃないぞ、心配してたんだ。だがどうやらそんなものは必要なかったらしい。多少の迷いはあれどよろめくこともなく、くるくると回りポーズまで決めて。
「どうよ!」
 得意げな顔を向けてきたティーダにすぐ言葉を返せなかったのは、礼が先だと注意すべきか、素直に褒めるべきかを迷ったからだ。感心していたのが正直なところ、後者にするのがよかったんだろうが。
「…ま、まあまあだな」
 中途半端な反応。…しょうがないだろう。こんなに簡単に体得してしまうとは、オレの努力は一体…。
「これがエースの実力ッス!」
 いや、その考えはあまりに大人げないな。ティーダが純粋に喜んでいるから余計だ。
「ガイも、どうだった?オレの踊り」
「よかった。ティーダ、すごい」
「へへ」
 取り繕おうと、二人の会話に割って入ろうとしたところ、はしゃぐティーダをガイが、でも…と遮り、言った。
「ティーダ、おいてきぼり」
「…んん?どゆこと?」
 オレは思わずマリアと顔を見合わせる。ガイは言葉こそ少ないが、その分的外れなことは言わないやつだ。ああ、とマリアは先に合点がいったようで、遅れてオレも理解する。
「たしかにそうだけれど」
「それは酷だろう」
 これがはじめてだというのに、しかも考えてみれば大した説明もないままの実地だった。一応形にはなってたんだ、そこまで求めるものじゃない。
 苦笑する俺たちを、何が何だかわからないといった様子のティーダがきょろきょろと見比べる。
「気にしないで。ちょっとしたコツの話よ」
「コツ?…もしかしてオレ、なんか間違えたとか」
「間違えてはないさ。ただ、ダンスは男性が女性をリードするものだからな」
「…ふうん?」
 逆にリードされていた、とはっきり指摘するのはためらわれた。それどころか引きずり回されているように見え…あ、いや、バカにしてるんじゃないぞ。ティーダは初心者なんだからな。
「あ!!」
「な、なんだ!?」
 突然、ティーダが大声を上げるので驚かされる。
「それってさ、フリオはできてて、オレはできてないってこと?」
「あ、…ああ、まあ」
「だめじゃん!フリオに負けるわけにはいかないっての!」
 マリアもっかいお願い、鼻息荒くマリアに詰め寄るティーダを、ぽかんとして見つめることしかできない。負け…え?ティーダ、おまえ。もしかしてオレに対抗心を燃やしてるのか、そういえば負けず嫌いなやつで、ってそもそも、勝負事じゃないんだが。
「マリアをリードすればいいんだろ」
「待ってティーダ、さすがにそれは、すぐにできるようなことじゃないわ」
 マリアの言うとおりだ。間違えずに踊ることとは違う、パートナーとの呼吸の問題もある。一朝一夕でできることじゃない。
「フリオニール」
 どう説明したものか。考えてたら、ガイが腕を突っついてきた。どうした?オレを指さし、ティーダを指さして。
「ああ!そうよ、二人で踊ればいいじゃない」
 またも早くにガイの言い分を理解したマリアが、名案とばかりに手のひらをぽんと合わせる。
「どういうこと?」
「実際に体感してみるってこと!…ね、フリオニール、ティーダをリードしてあげて」
 な、何だって?急にとんでもないことを言い出した、マリアはオレの背後に回ってぐいぐいと押してきた。あっという間にティーダの前に立たされる。早く早く。待ってくれ、まだやるとは…。
「…」
「…」
「じゃあ行くわよ、二人とも!」
 マリアの押しの強さにはオレたち二人とも敵わない。気づけばオレの腕の中に、ティーダがそれらしい格好で収まっていた。
 どちらとも無言だ。ティーダはひどい顔をしていた。くしゃくしゃに歪ませて、…笑い出しそうになるのを必死に我慢している。オレも同じような顔をしてるのに違いなかった。こんな状態じゃワルツも何もあったものじゃない、けれど手拍子がはじまってしまえば、動き出すしかなくて。
 二人でくるくると回る。どれほど大変なことかと思いきや、驚いたことに意外と難しくなかった。ティーダは前を見据え、行くべき方向にちゃんとついてくる。呼吸が合わさる。同時にステップを踏んでるのがわかる。
 少し冷静になり、笑いをこらえる必要がなくなったオレは、代わりに安心していた。さすがエース。これなら本番でもうまくやれるはずだ。きらびやかな照明、大理石の床。オーケストラが奏でる音楽、あの緊張感の中でも。
 一方で、本番も今のような雰囲気ならいいのにと思う。午後の穏やかな日差しを浴びた、ただの原っぱ。こっちのほうがいい。しかも相手がおまえだ。
 …不意にとてつもない感慨に胸を打たれた。
 オレとティーダは、ここじゃない別の世界で出会った。戦うことを宿命づけられた異世界での出来事だ。遙か昔のことのようにも、つい昨日のことのようにも思える。仲間の中でもおまえは特別な存在だった。
 戦いの日々ではなく、平和な時を共に過ごせたらと思ってたんだ。…まさか叶うとは。もちろん嬉しい、それにむずがゆい不思議な心地がして、息が詰まりそうになる。
 この感慨には必ず、しこりのような焦燥が伴うからだ。なぜティーダがここにいるのか。
 それはオレが望んだことだった。もっとはっきり言おう、ティーダの望みじゃない、オレのわがままだ。
 でもまさか本当になるなんて。…いや、それは言い訳に過ぎないな。一方的な願いを押しつけた後ろめたさを、ごまかしたいだけだ。ティーダはオレの願いを叶えるためにここにいる。行きたい場所、帰りたい場所が他にあるはずなのにそれを押して。
 いつまでここにいてくれる?こんなことを考えること自体、おまえに失礼なのはわかってる。オレがすべきなのは、今に感謝して集中することだ。夢のようだとすら思う今この時に。
「うわっ」
 体を動かし続けながらも深く内省していたオレを、ティーダの突然の行動が呼び戻した。リーダーが高く手を掲げ、その下でパートナーが一回転するというパート。
 くるくる、くるくる。ティーダは止まらない。むしろ加速して回り続ける。
 それを上から押さえつけるようにして止めた。
「おまえなあ」
「くっ…はは、あはは!」
 マリアとガイは目を丸くしているが、耐えきれずに吹き出したティーダにつられて、オレも笑ってしまった。…まったく。真面目にやらなきゃだめじゃないか、すぐ気を取り直そうとしたものの、ティーダが腹を抱えていて話にならない。
「びっくりした?」
「あのな、ふざけてる場合か。…もう一度」
「あー、大丈夫大丈夫、オレコツわかっちゃったもん」
「本当に?」
「本当だって」
 ならまたマリアと踊ってもらおうじゃないか。呼ぼうとしたら、そのマリアは肩をすくめてみせた。何だ?…と思ったらティーダががっしりと抱きついてくる。にやにやといたずらに笑ってる。
「だから今度は、オレがフリオをリードしてやるよ!」
 それはムリだ、体格というものがあるだろう。オレは困惑しながら、マリアたちに助けを求めて視線を送った。二人は首を振るばかり。
 …あまりに平凡な日常。
「やめろ、離せ」
「遠慮すんな」
 オレだって、ずっと、なんて大それたことを望むつもりはないんだ。
「違う、背の高さを考えろ。リードするのは…」
「ならフリオが縮めばいいんスよ!」
「うお、何す…いたたた!やめろ、…おい!」
 けれどこれはあまりに幸福すぎる。
 夢なら醒めないでくれと、ささやかに願うだけなら、許されるだろうか。

2018/10

 



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -