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鼻を啜りしゃくり上げながら泣き笑いした後、恥ずかしくなってしばらくはじめの肩に顔を埋めていた。
髪をなでていた手が止まり、顔を上げると照れ臭そうに頬を染める彼と目が合う。
「言うのが遅くなってすまなかった。色々……準備したんだが、裏目に出たな」
「準備?」
「冷蔵庫にケーキを買ってある、後で一緒に食おう。それと……婚姻届も貰ってきてある。
式の日取りは仕事を続けるか辞めるかで変わるが、とりあえず先に入籍を済ませたい。
勝手に決めてすまん。やっと先月追い越せて、気がはやってるんだ」
微笑むはじめの顔が幸せそうで、私も思わず釣られて笑む。
「ううん、昨日の半休の意味が分かって、今驚いてるとこ。でも追い越すって何を?」
「笑わないか? ……基本給だ。やっと先月で、さぁの基本給を追い越したんだ。
後から入社した俺が追い越すのは釈然としないだろうが……嫁より安月給というのは悔しいからな」
「ひょっとして――」
「ああ、待たせて悪かった。三年もかかると思わなかったが……愛想を尽かされる前に言えてよかった」
だからあんなに熱心に営業して、残業も自分から進んで引き受けて……評価、上げようとしてたんだ。
遅い帰宅も休日出勤も、全部今日の為。結婚したいって私に言う為。
口下手なはじめらしい。
「それで……返事はまだ貰ってないんだが、ちゃんと言ってくれないか? 一生覚えておきたい」
「はじめ……うんっ。 私もはじめと結婚したい。 ……愛してる。ずっと一緒にいたい」
ああ、また涙でぼやけてきちゃった。大事なシーンなのに涙腺緩いなぁ。
でも……やっと言えた。
滲んだ視界の端に指が触れる。はじめが私の涙を優しく拭う。
零れて伝った分は、柔らかい唇が吸い取ってくれた。
なのに、低い声で囁かれた言葉にまた涙が溢れる。
「さぁ、愛してる。誕生日おめでとう……生まれてきてくれてありがとう」
おめでとう。
毎年聞きたいからちゃんと言ってほしい。
ありがとう。
いくらでも言いたいから毎年言おう。
ううん、違うな。毎日言いたい。
私のそばにいてくれてありがとう。
fin.
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