28 新年

千恵と千鶴は雑煮の下ごしらえを済ませると、除夜の鐘を聞きながら、広間の酒宴の後片付けをしていた。

「もうじき新年だね。ここで過ごしてもう一年経つなんて、嘘みたい。来年はお父さん見つけようね」

「うん。にしても……フフフ、新選組で副長の小姓をやってるなんて知ったら、父様驚くだろうなぁ」

「土方さん厳しいから大変なんじゃない? 山南さんは本当に色々詳しくて、話が面白いの」

「面白いの? 何だか意外。優しいけど、ちょっと怖そうだから。土方さんはとっても優しいよ?

 私がお茶を持って行くと、諦めたような顔で休憩してくれるようになったし。フフフ、粘り勝ちです」

「クスクス、確かに土方さん意外とそういうのに弱そう。可愛い小姓がついて役得だね」

「役得ってそんな。ただ、ちょっとでも役に立てたらいいなって……」

そう言った千鶴ちゃんの顔は、ほんのりはにかんだように笑ってて、慎ましやかな願いに色を添えていた。

ひょっとして……。ううん、まだ聞くには早そう。いつか自分で気付いて打ち明けてくれる日を待とう。

千恵はこの一年、一緒に働きながら父を探し続けた千鶴ちゃんに、素敵な春が来ますように、と祈った。

「お勝手を片付けたら行くから、千鶴ちゃんは先に部屋に戻ってお布団敷いてて貰える?」

「うん、ここの火種貰って行って、お部屋温めておくね。お先に」

千鶴ちゃんを見送ると、残りのお銚子を抱えてお勝手に急いだ。もうじき年が明けるから早くしなきゃ!

原田さんの教えてくれた通りなら、元日が斎藤さんのお誕生日。正月に一斉に年を取るこの時代、

誕生日は特に祝うものではないみたいだけど。それでもおめでとう位は言いたかった。

桶の水でお銚子を軽く濯ぎ、布巾の上に伏せていると、お勝手に向かってくる人の気配がした。

どうしたんだろう? 飲み過ぎてお水でも欲しくなったのかな? 入り口を見ると、斎藤さんが立っていた。



「途中で雪村に会った。最後まですまん、皆酔って手伝いもしなかったな。俺が手伝おう、二人なら早い」

斎藤は洗い桶の水を溝に流して、洗い場に置いた。水は凍えるほど冷たく、酔いがさめていく。

水汲み、洗い物、調理、洗濯、拭き掃除。そんな日々にも拘らず、月宮の手は相変わらず白く美しい。

荒れにくい性質なのかも知れないが、不思議だった。何か特別な手入れでもしているのだろうか。

いつの間にかじっと彼女の手を眺めていた事に気付き、誤魔化すように話しかけた。

「いつもご苦労だな。手が冷えただろう。広間の鉄瓶ならまだ温かい。湯でも一緒に飲むか?」

「ありがとうございます。それじゃあ少しだけ」

広間に戻り、熱い湯を二人で分け合う。静かな空間に二人きり。こんな年越しもいいものだな、と思った。


目の前に座り湯呑みで手を温めている千恵は、あの夜の声が聞き間違いでなければ、俺を好いてくれている。

ふとした仕草、態度、表情からも、それが見てとれる事があり、その度に幸せな気持ちになった。

この半年で淡い想いは強く深くなり、さっきは星を眺めながらつい手を取った。離したくない、と思った。

誰に頼まれた訳でもないのに毎日家事に忙しく働き、笑顔で見送り、笑顔で出迎えてくれる。

帰らない、ここに居る、と言ってくれた事が殊更嬉しく、幸せであって欲しいと願った。

本当は……自分が幸せにしたい、共に幸せになりたい、と思っている。なのにそれを伝えられない。

幾人もの血を浴び、またこれからも浴びるであろう己の体。刀を握る以上、いつ果てるとも知れぬ命。

本当に俺でいいのか? 本当に愛していいのか? そんな疑問が喉まで出掛かっては飲み下される。

自分の気持ちはもう変えられないほど膨らみ、好きかと聞かれれば、ああそうだ、と言うしかない程なのに。

二人きり。想いを寄せる女が目の前にいる。少なからぬ好意も伝わってくる。なのに一歩踏み込めない。

そんな己にもどかしさを感じながら、少しぬるくなった湯を飲み干した。


除夜の鐘が、鳴り止んだ。


「斎藤さん、お誕生日おめでとうございます。それと……明けましておめでとう」

「明けましておめでとう。……知っていたのか?」

「ええ、原田さんが教えてくれたんです。何も用意してませんけど……一番最初に言いたくて。よかった、言えて」

「何もいらん、充分だ。ありがとう」

最初に言いたくて、という言葉、その気持ち、はにかんだ笑み。自分にだけ注がれる一途な想い。

胸が締め付けられ、その想いに応えたい、この先どうなろうと今の気持ちを大切にしたい、という想いが溢れ出す。

彼女の笑んだ口元に自然と視線が吸い寄せられる。ふいに、もっと満たされたいという想いが湧き上がる。

さっきまでの満ち足りた気持ちが嘘のように、飢えた渇きに襲われる。欲しい、と思う。

斎藤は湯呑みを置き、少し腰を上げて千恵の頬に手を添え、瞳を覗き込んだ。

千恵の胸の内を探るように。自分の胸の想いを注ぐように。


「斎藤……さん?」

「月宮――」


衝動に任せていいのか? 本当に後悔しないか? 泣かせることになっても手に入れたいのか?

ああ、そうだ。血塗れた手で抱き締め、いつか刀の錆となり泣かせることになろうとも。

もう…………止められない。

お前が――――


「好きだ」


ぶつけるように唇を重ねる。考えることを放棄して、その柔らかい熱を味わう。

息が詰まりそうなほど甘く、内に篭った熱が渦を巻き、嵐を起こし、爆発しそうなほど鼓動が荒れ狂う。

武士でもなく、三番組組長でもなく、人斬りでもなく。ただの男として、千恵を求めた。

この先どんなことがあろうと。確かな幸せなど与えられなくとも。お前を好いた事だけは後悔しないと誓おう。

ただ受け止めるだけの震える千恵を軽く抱き締め、下唇を食み、想いのたけを熱で伝えた。



千恵はもう、何がどうなっているのか分からないまま、甘く落とされる初めての口付けに翻弄されていた。

ほんの少し前まで穏やかに話していた斎藤の瞳に、急に帯びた熱。添えられた手は温かく、微かに湿っていた。

その手の平から熱が伝い、覗き込む瞳から想いを受け取った。……間違いなく同じ想いだと感じた。

少しずつ縮まっていた距離が急速に近づき、予感と期待に震えながら目を閉じた時、耳に落とされた「好きだ」という言葉。

それは目に見えない想いに形を作り、色をつけてくれた贈り物。優しく甘い言葉と低い音色に脳が痺れた。

あとは成すがまま。求められるまま。唇を重ねただけなのに、全てを捧げたような、全部奪われたような感覚の中。

幸福に酔い、時を忘れた。



「俺は……思ったより堪え性がないみたいだ。……まだお前の答えも聞いていないのに」

「斎藤さん――」

困ったような微笑と共に注がれる優しい眼差し。縋った胸は逞しく、トクトクと速い鼓動が千恵の手に想いを伝える。

「好き……です。私も。斎藤さんが好きです」

「月宮……っ」

抱き寄せられ、肩口に頭を預けた。火の落ちた広間は息が白くなるほど寒いのに、体は燃えるように熱かった。

「幸せに出来るか分からんが、幸せにしたいと思う気持ちだけは信じてくれ。こんな我侭な男は嫌か?」

「いいえ、幸せですよ? 斎藤さんは違うんですか?」

「いいや……幸せだ。礼を言わねばな」

「礼?」

「ああ、何も用意してないと言ってただろう? だが唇を貰った」

耳まで赤くなった私を目を細めて眺め、悪戯っぽい目をした斎藤さんは、もう一度額に軽く口付けると私を立ち上がらせた。

「いつまでも戻らないからきっと雪村が心配してるな。部屋に行こう。それと……今年もよろしく」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。あの……内緒にした方がいいですか?」

「いや、自然に振舞えばじき分かるだろう。別に隠す必要もない。ただ、仕事優先になるが。いいか?」

「斎藤さんは斎藤さんらしく、私は私らしく、でいいと思います。無理は続かないから」

「そうだな、そうしよう。不調法だが……大事にする」

千恵はコクンと頷くと、斎藤に手を引かれ部屋に戻った。短い距離だったが、嬉しかった。

部屋の前で千恵の髪をクシャリと撫でると、斎藤は私室に入った。


千恵は小声で千鶴と新年の挨拶を交わし、斎藤との交際を報告した。

千鶴は掛け布団を跳ね上げて起き、千恵に抱きついて祝福した。


時代を超えて一年。


元旦の朝。


恋人が出来ました。



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