20 禁門 -2
既に戦闘の終結した蛤御門では、会津と薩摩がなにやら揉めていた。一緒に警護してるんじゃなかったっけ??
「壬生浪みたいな百姓崩れの手を借りんとよう戦わん腰抜け共が、田舎へ帰れ!」
「何だと!? 毛唐に挑んで負けたそっちの方がよっぽど腰抜けだろう!」
何これ? どっちもどっちというか、目くそ鼻くそというか……馬鹿みたい。
「「はぁ〜〜」」
つまらない挑発に、斎藤さんと私は溜息を付いた。でも、延々と続く薩摩の嫌味に耐えかねた会津兵が
鯉口を切ったのを見て取ると、斎藤さんはすかさず前に出て制した。すると相手側の指揮を執る者がやって来た。
「っ!?」
「!!」
一瞬、互いの気配に視線が絡まる。この人……この人も同胞。風間と一緒って事は、池田屋に居た?
斎藤さんもその点に気付いたのか、赤毛の大男を睨む。空気がピリピリと張り詰める。
その時。斎藤さんの刀が抜かれ、居合いの軌道が男の急所目掛けて放たれた。
だが、男は微動だにしない。まるでその刀が寸前で留まるのを知っているかのように。
「私は天霧九寿と申します。……池田屋では藤堂という青年が向かって来た為やむなく相手をしてしまった。
彼の怪我は大丈夫ですか? 申し訳なかったとお伝え願いたい。今日も我らの言葉で大変ご迷惑をお掛けした。
心よりお詫び申し上げる。引いて、いただけますか?」
「分かった。これ以上我らを、会津藩を愚弄するならば、共に手を取り合うのは難しかろう。
しかし……御所を守るという役目は果たさねばならん」
刀を納めた斎藤さんを見て、ホッとする。大丈夫と分かっていたけれど、争いが止んで安堵した。
「引いて下さり、感謝します。ところで……そちらの貴女、お名前は何とおっしゃいますか?」
天霧さんの目が私に向く。当然だろう。きっと私が何者か、知りたいはずだ。
でも、斎藤さんはその視線から庇うように、私の前へ立った。見せたくない、という風に。
「この者は新選組が預かる身。用向きがあるならば、新選組を通して貰いたい」
「……分かりました。では、またいずれ」
あまり注目されてはまずいと思ったのか、天霧さんはあっさり引いた。でも……いずれ、と言った。
会いに来る気だろうか? 何を聞く気だろう? 私の事を……話すつもりなんだろうか?
不安が顔に出ていたんだろう。斎藤さんは私の頭をそっと撫で、穏やかに笑った。
「大丈夫だ。お前は俺達が守る」
ああ、まただ。またこの瞳が私を包む。まるで抱き締められたように、頬が熱くなった。
新選組として私を守ると言っているだけなのに。俺が守る、と言っているように聞こえた。
そんな勝手な脳内変換をしてしまうなんて、私、そうとう重症かも。
恋は病というけれど、本当に病気になりそうだ。私はうるさい心臓を落ち着けるように、大きく息を吐いた。
「厄介な手合いがいるようだが……敵にならんことを祈ろう。」
そう呟いた斎藤は、内心懸念した。つい先日まで攘夷を声高に叫んでいた薩摩だ。この先どうなるか分からない。
何より、月宮に興味を引かれた様子が気に入らなかった。まあ、戦場に男装した女がいれば目は引くだろうが。
名前まで尋ねたのが気掛かりだった。女だから、というより、月宮だから気になったという様子が。
不安げな彼女の表情を見ると、思わず抱き締めたい衝動に駆られた。俺が守る、と言えたら……。
その思いと願いを押し込め、代わりに優しく頭を撫でた。好いている。お前を守りたい。その気持ちを手に託して。
ほんのり色付いた頬を見て、長く触れすぎたか、と手を下ろした。人前で恥ずかしい思いをさせたな。
頭を撫でるなど子供にする事だが……なぜか月宮の頭はつい撫でてしまいたくなる。
やれやれ、そうとう重症のようだ。まだその髪の感触が残る手を軽く握り、斎藤は大きく息を吐いた。
薩摩と会津によって追い払われた長州残党は、京の町に火を放った。更に朝廷側も逃げ込む場所を失くす為に火を放ち、
劫火は御所の南側を焼き尽くした。すでに戦の布陣時に町人達は避難して災いを免れたが、家を失い町は荒廃した。
朝廷は逆賊である長州を「朝敵」と定め、幕府から会津とその配下にある新選組にも賞状や恩賞が贈られたが、
町を焼かれた町人達の恨みは、逃げた長州ではなく居残った私達に向けられた。どんどん焼けの被害は、それ程大きかった。
土方さんらが追討した長州兵の残党は皆自刃。御所を襲撃したこの騒動は、後に禁門の変または蛤御門の変と呼ばれた。
勤王派か佐幕派か。攘夷か開国か。思想の違いで集団が分かれ、国内の対立は加速した。
焼け跡から飛ぶ灰が目に入り、水で濯いだ千恵は、喧嘩のとばっちりを受けた町民達を心から気の毒に思った。
戦のしわ寄せはいつも民にいく。明治まであと数年なのに、その数年がとても長く思えた。
頑張れるかな? 頑張りたいけど……その後はどうしよう? どこで、誰と生きるんだろう?
また…………一人になるのかな?
答えの出ない問いは、千恵を不安にさせる。でもふと、優しい目と手を思い出す。
……うん、大丈夫。
その感触を、眼差しを思い出すだけで、心が凪いだ。今は皆を信じて、斎藤さんを信じよう。
好きだから。皆もあなたも好きだから。その気持ちがある限り、私は頑張れる。
千恵は手拭いをギュッと握り締めると、頬をパンと両手で叩き、気合を入れた。
自分に出来ることを、一つ一つやっていかなきゃね! まずはなぜ風間達が人に手を貸しているのか調べよう。
あ、それより前に……夕餉の支度。千恵はお腹を空かせた面々を思い浮かべ、お勝手に向かった。
一番大事なのは、皆の笑顔だから。
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