18 参加
千鶴は意外だった。池田屋に伝令に向かった後、帰れと命令されると思ったのに、その場に留まるよう言われた。
実際夜道は危険だったし、土方さんもその辺りを考えて配慮してくれたんだろうが、気遣いが嬉しかった。
千恵と違い、最初に出会った時刀を向けられたせいか、千鶴は最近まで土方さんが怖かった。
第一印象が強すぎて、斬る者と斬られる者という認識が出来上がっていたのだ。
なのに、いつの間にか監視は解かれ、自室から広間へ、お勝手へと行動範囲が広がっても叱られない。
仕方なく見逃してやっている、という態度とは裏腹に、私の入れたお茶を美味しそうに飲む。
沖田さんなんて、今でも毒は入ってない? なんて嫌味を言うのに、土方さんは確かめもせず飲み干す。
池田屋から屯所に戻る道中、沿道は見物人で一杯だったが、胸を張り堂々と歩く姿は立派だった。
誰よりも強く、人にも自分にも厳しい土方さんが、実はとっても優しい人なんだと、近頃分かってきた。
勿論、とても偉い方なので話す機会はそうないのだが。皆から慕われる理由が分かった気がした。
お盆に載せた薬と熱燗に、クスリと笑いながら、それを渡された時の事を思い出した。
「俺の実家の作っている薬だ。売り歩いていた時もあったが……一応万能薬、って事になってる。
怪我した奴らに持ってけ。熱燗と一緒に飲めば効く……はずだ。斎藤からだって言っとけ」
なぜ斎藤さんなのか分からないが、どうやら自分からだとは言って欲しくないらしい。
少し照れた様子が可愛らしかった。年長者に可愛いなんて変だけど。不器用な優しさが伝わった。
私のお茶を気に入って貰えてるんなら、仕事の手を休める暇もなさそうだし、まめに差し入れてみようかな。
非番なんてないんじゃないかと思うほど忙しくしている副長に、少しは体を労わって欲しいと思う千鶴だった。
京の町は、慌しく引っ越す人達がいる一方で、残った人々も、いつでも動けるように荷をまとめていた。
戦が近い、長州藩の勤王派が挙兵した、という話は町を駆け巡り、屯所の奥に住む娘二人の耳にも届いた。
近々上から出動命令が出るかもしれない、と言う永倉さんの言葉に千恵も千鶴も不安を隠せなかった。
池田屋の件では隊士さん達が死傷した。また犠牲や負傷者が出るのは嫌だった。でもここは新選組。
覚悟を持って刀を握る人が集まってる場所だ。二人に口出しする権利などない。
ないが、なら……せめて何か手伝いたい。一緒に戦えるわけではないけれど、役には立ちたかった。
再び池田屋の時のように、広間に一同が集結した。千恵たちも、今回は部屋に居ろとは言われなかった。
池田屋への伝令と、その後の看護や献身に、隊士達から二人も新選組の一員だと認められていたようだった。
冬に出会い、春に歩み寄り、夏になってようやく、今までやってきた事が報われた、と二人で目を合わせ喜んだ。
「会津より正式に要請があった。只今より新選組は、総員出陣の準備に入る! 皆、心して挑め!」
近藤さんの号令に、広間は猛る男達のざわめきで一杯になった。すると、隅に居た私達に、永倉さんが聞いてきた。
「お前らも参加するか? こんな機会そうねぇぞ?」
「「ええっ!?」」
驚く私達に、近藤さんや斎藤さんまで加勢した。
「ああ、参加するならこの近藤が責任を持とう。君達も一緒に来るかね?」
「池田屋とそれ以後のお前らは、活躍のみを評価するのであれば、役に立っている、と言える。
刀を振るえ、などと言うつもりはない。負傷者の手当てや炊き出しになら、役立つだろう」
土方さんや山南さんは、物見遊山じゃないぞ、と釘を刺したが、反対まではしなかった。
私と千鶴ちゃんは顔を見合わせ、互いの気持ちを知った。ここで待つより。行って手伝えるなら、手伝いたい。
二人で頷き、近藤さんの方に顔を向けた。
「「宜しくお願いします!」」
池田屋での傷が癒えない平助君と沖田さん、それに、総長である山南さんが屯所待機となった。
「池田屋では、守ってくれて有難うございました。もう無茶はしませんから、安心してください」
「はぁ〜、とんだ跳ね返りだね。でも、あの風間に刀を抜いて応戦しようとした度胸だけは認めるよ。
本当に刀を握ったのは、あの時が初めてなんだよね? あれはかなり衝撃的だった」
「わ、忘れてください! 無我夢中だったんです。応戦なんてそんな……もう懲りましたよ」
今思えば、風間は端から寸止めするつもりだったのだろう。どう考えても無鉄砲だった。ああ恥ずかしい。
顔を赤らめて否定する千恵を見て、沖田は不思議だった。今の彼女を見て、あれは夢だったのでは、とすら思う。
普通なら目を瞑って蹲るのが関の山だ。なのに、彼女は刀を抜き、あろうことか風間の剣を一瞬でも受けた。
受けようと思って受けられるものではない。自分ですら、その力の強さに押し負けた。
勿論、風間も千恵には手加減したようだったが……。だがあれ以降、会う度に礼を言われるので、切り出せずにいた。
落ち着いたら聞いてみよう。沖田は、もう怪我は治ったのにまだ心配する過保護な局長と副長に従い、待機に入った。
玄関に向かう一行の後を追う千恵を、山南は呼び止めた。まったく、皆は二人に甘い。危険を分かっているのだろうか。
「お待ちなさい。月宮君、君はまた丸腰で飛び出そうというのですか? まったく……これを。
私の脇差を持って行きなさい。あと……気をつけて。それだけです。では、いってらっしゃい」
「ありがとうございます! 大事にお預かりしますね。行ってきます!」
手を振り小走りに去った後姿を眺め、山南は思案した。あの脇差……。
池田屋から戻ってすぐ返された脇差には、小さな刃こぼれがあった。まさか使うとは思っていなかった為、
とても驚いたが……同時に疑問に思った。沖田の側に居たという彼女が対峙した相手は、風間だろう。
沖田の話によると、剣技はさほどだが人とは思えぬ力で飛ばされた、との事。なのに……。
脇差とはいえ初めて持つ者、しかも女性には重いその刀を差して四国屋、池田屋へと走り、息つく間もなく
二階へ上がり、抜いて敵と切り結ぶなんて。未来から来たから、という言葉ではひと括りに出来ない何かを感じた。
まあ、必死だったから、と言われればそれまでなのだが。火事場の馬鹿力、とでもいうか。
どちらにせよ、今回も危機に際してはその力が生じる事を願うしかなかった。
フフフ、私が一番甘いのかもしれませんね。
内心反対しつつも、行きたいという気持ちは誰より分かるので止めなかった。
しかも、危険だからと、自分の脇差まで渡してしまった。刀は武士の分身ともいえる大切な物なのに。
ここに居たい、皆が好き、役に立ちたい。それは私も同じなんですよ。私も……再び役に立ちたい。
動かぬ左腕以上に、胸の思いはズシリと重かったが、気持ちを切り替えると山南は広間に戻った。
共に行けぬのであれば、せめて戻る場所くらいはきちんと守りましょう。
無事に戻った彼らに、「お帰りなさい」と言えるように。皆の帰る場所を預かりましょう。
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