12 初音

五月晴れの京は新選組、屯所の中庭にて、開いたツツジの蜜を吸い、髪に挿して遊び興じる二人の娘。

濃いの薄いのを混ぜて重ねて高く結った髪にあしらえば、袴姿にも彩り美しく、綻ぶ笑顔はツツジに劣らぬ華となり。

花の香りに誘われて、目にした男の足が急く。巡察の報告もそこそこに、つい中庭に足が向く。



「「お疲れ様です、おかえりなさい」」

取り込んだ洗濯物を縁側に山積みにした千恵と千鶴は、恥ずかしそうに髪に付けたツツジを外そうとした。

「ただいま。二人ともいつもご苦労だな。いや、そのままでいい。楽しげで和む」

昼の巡察はたいした事もなく、斎藤は洗濯物の山の隣りに座り、畳むのを手伝い始めた。

こうしてすぐに話せるのも、私室が隣り合っているおかげ。当初は監視の便からだったが、今はただの役得だ。

奇妙な出会いから半年。炊事洗濯掃除にと、こまごま動く二人に幹部の心も解れ、咲き誇る笑顔に癒されている。

殺伐とした京の情勢と切り離されたような和やかな雰囲気は、草履の土を払い疲れて戻る平隊士達にも目の保養だった。

浪士の襲撃から守る為、どこぞの藩から預かっているらしいと流布された噂が、二人の貞操を守る。

いや囲い者だろう妾だろうといった悪意ある憶測は、幹部のひと睨みで瞬殺された。

そういう類の話は、耳に入れたくないし、実際、二人の耳には届いていない。


「あれ、はじめ君戻ってたんだ、お帰り。お団子買って来たんだ。今平助がお茶を入れてる。

 ツツジか、可愛らしいね。千鶴ちゃん、蜜蜂も頭についてるよ?」

「ええっ? やだっ、払って下さい!」

「雪村、からかわれているだけだ。蜂などついておらん。総司、雪村で遊ぶな。お前も手伝え」

「やだなぁ。そんな事したら、千鶴ちゃんはともかく、千恵ちゃんは本当にただの居候になっちゃうじゃない」

「居候ではない、客人だ。もういい、俺がやる」

折り目正しく隊服を畳む斎藤の横にドカリと寝そべって、沖田は団子の包みを開けた。好きなのを先に取ろう。

「お〜い、お茶入れて来たぞ。って、総司! 何先に一人で食ってんだよ、俺も半分出したんだぞ!?」

沖田は気にせず、甘い団子を頬張りながら、日向ぼっこを楽しんだ。うん、ここの団子は結構いける。

「千鶴、この桃色のやつ好きだろ? 俺は蓬のをも〜らいっ。千恵も食えよ、なくなっちまう」

平助の勧めで桃色のお団子を手に取った千鶴は、じっと見る平助に、少し恥ずかしくなった。

「あ、ごめん。いや、やっぱ発想が違うな〜と思ってさ。だって花を髪に挿そうとは思わねぇもん」

「平助なら髪も長いし似合うんじゃない? ホラ。クスクス、ダメだ、気持ち悪いっ、アハハハハ!」

ツツジの花を一つ取り、平助の髪に挿した総司は腹を抱えて笑った。自分がやっておいてひどい。

だがどう見ても平助には似合わない。斎藤も堪えきれず、クククと細かく笑った。小柄だがやはり平助も男だな。

「斎藤さんなら似合うんじゃないですか? 顔立ちも綺麗だし」

悪乗りした千恵が淡い色のツツジを斎藤の耳元にそっと挿そうとした。斎藤は焦ってその手を押し留める。

断じて御免だ。笑いものにはなりたくない。だが、近づいた顔、重なる手……時間が止まった。

いや、斎藤が動きを止めた為、千恵も釣られて止まってしまったのだが。


白く小さな手に重なる大きな手。意識しだすと途端に頬が熱くなった。どうしよう。……斎藤さん?

視線が絡まり、吸い込まれそうな蒼色に縫い止められた。トクトクトクと心音が速まりうるさい。

やがて周囲の音が消え、そっと斎藤さんの指先が私の手を包み……ツツジの花が彼の手に渡った。

「お前の方がよく似合う。……綺麗だ」

耳元にツツジを挿し込む斎藤さんの手が頬を掠めると、その体温と感触が僅かに頬に残った。

淡く笑んだ口元が、優しげな瞳が、私に触れた指が……何かを揺さぶる。

なんだろう、不思議な温かさ。なんでだろう、妙に息苦しい。どうして……何も言えないんだろう。


斎藤もまた、時を忘れた。ツツジを挿そうとする千恵の手に重なる、己の手。

甘い花の香り、ほっそりとした指の感触。動かぬ目線は頬を染めたそのかんばせに釘付けとなった。

春の日差しが髪に艶やかな輪を作り、長い睫毛が目元に影を落とす。女の戸惑いと恥じらいに揺さぶられる。

心が動く。綺麗だと、素直に綺麗だと伝えたくなった。

その衝動に逆らわず、心に任せてみたら、力を抜いた唇が自然に言葉を紡いだ。

手は気付いたら千恵の髪に伸び、ツツジを彼女に挿していた。

ああ、本当に綺麗だ。



時間にしたらほんの数秒だった。長く長く感じた数秒だった。

絡まった視線が瞬きした瞬間…………時が動きだし、周囲の雑音が戻ってきた。


「なんかあれだね。ああ……ううん、いいよ。なんでもない。ごめん千鶴ちゃん、お茶一つ頂戴」

「あ、はい、どうぞ」

「だ、団子美味いな。ここは当たりだな」

沖田も千鶴も平助も、なぜかからかえなかった。なんだろう、なにか大事なものを見た気がする。

今の場面には特別な何かがあった気がする。恥ずかしいような嬉しいようなこそばゆいような……何か。

笑っちゃいけない気がしたのだ。大事にそっとしておくべきなんだ。それが何かは分からないけど。



まだ誰も恋を知らなかったから。

人が恋に落ちる瞬間など、分かるはずもなかった。




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