128 断髪

「私は奥で着替えます。藤堂君をこっちに向かわせますから、着方を教えてやって下さい」

山南さんは自分の分の着替えを一式受け取ると、軽く会釈して部屋を出て行った。

きっとさっきの永倉さんの話を、早く聞かせてあげたいんだろうな。なんとなく、そんな気がした。

新しい隊服は、幹部それぞれに違うデザインで仕立てられ、一緒にブーツも届けられた。

「新品の皮は硬いから、靴擦れを起こしやすいんです。出来るだけよく揉んで、柔らかくして下さいね?

 それと、釦は紐と違って、激しく動くと取れる事があるから、取れたら言って下さい。縫い直します」

珍しそうに衣類を広げている皆に、私なりの注意を伝えたけど、きっと着てみないと分からないだろうな。


私は奥の部屋で千鶴ちゃんと着替えて、まずは千鶴ちゃんに着方と畳み方、そして洗い方を教えた。

「着物みたいに解いて洗わないんだね。糊付けはしなくっていいの? はぁ、慣れるまで難しそう。

 それに今更だけど、これだと女性だってはっきり分かっちゃうね。いいのかなぁ??」

「ん〜〜、体型ははっきり出ちゃうね。ベストを着たらちょっとはマシかな? でも、胸の膨らみは隠せないか。

 千鶴ちゃん、ちょっと大きくなったんじゃない? フフフ、最初に会った時と大違い!」

「千恵ちゃんったら! もう、からかわないでよ。でも、流石に千恵ちゃんは釦を留めるのが速いね」

千鶴ちゃんとお揃いで、シャツとパンツとベストの組み合わせ。襟元のリボンは色違いで、私は萌黄色だった。

きっと袴の時の小袖の色に合わせたんだろうな。千鶴ちゃんのリボンを結んであげると、お互いの姿を眺め合った。

うん、悪くない。袴より更に動きやすいし、私にとっては少し懐かしい格好だった。

けど、玄関で履物を脱ぐ日本の風習に、ブーツは向いていないかも。冬はいいけど、夏は蒸れそうだし。

真新しいブーツの踵やつま先を揉みながら、編み上げ式のそれを見て、ちょっと顔を顰めた。


広間に戻ると、そこに居たのは……なんていうか……イケメン? それしか言いようがないよね。

軽い眩暈を起こしそうなくらい、とても良く似合っている皆に、つい小さく拍手をした。

「千恵、その拍手は着方が合っているという事でいいか?」

声を掛けられてはじめさんの姿をじっくり見ると、キュッと胸が苦しくなった。

「はじめさん……格好いい……」

黒いジャケットが細身の体にフィットしてて、パンツになったお陰で足の長さが強調されてて。

どこからどう見ても格好いい、としか言えなかった。勝手に頬が熱くなってしまうくらい。

「千恵、人前でその感想は……いや、構わんが。合っているならそれでいい」

どうやら少し見つめすぎたらしい。はじめさんまでちょっと赤くなって、少し困った顔をしていた。

けれど、はじめさんは何かに気付いたようで、私のベストの釦を見ると、自分のと見比べて耳を赤くした。

あ、ベストの釦がずれてる? 慌てて外す様子が何だか可愛らしくて、思わずクスリと笑ってしまった。

「留め直しますね? ジッとしてて下さい。フフ、きっと最初は窮屈に感じると思いますけど、足裁きは楽になります。

 動きにくいかも知れませんが、袖がない分、慣れると腕が軽く感じるはずですし。

 土方さん、髪も切るんですよね? 千鶴ちゃん、鋏を持って来てくれる?」

はじめさんのベストを留め直しながら、千鶴ちゃんに声を掛ける。

断髪。きっとまだ髪結い処では浸透していないそれを、洋装に慣れた私が担当する事になった。

庭に下りて来た順に鋏を入れると、ちょっとお相撲さんの断髪式を思い出した。

特に土方さんと平助君の髪は長かったから、なんだか勿体無いな、と思いながら鋏を入れた。

土方さんの髪は、後で千鶴ちゃんにこっそりあげようかな? そんな事を思いながら皆の散髪を済ませた後。

今度は私が腰掛けて……何故かはじめさんが鋏を持っていた。


「短く……って、無理ですよね?」

「無論だ。お前は女だろう?」

「言ってみただけです。クスクス、懐かしいなぁ。昔一度はじめさんにお願いした事がありましたよね?」

ずっとずっと前。まだ恋仲にさえなっていなかった頃の、懐かしい思い出。

あの時と何一つ変わらないのはその手先の器用さで、他は……沢山変わった。

私達の関係も、住んでいる場所も、状況も何もかも。

ああ、でも、はじめさんの安心出来る優しい瞳も、昔と変わらないかな。

ショリショリと毛先を揃える鋏の音を聞きながら、丁寧に櫛を当てるはじめさんの存在を近くに感じて、幸せに浸った。

はじめさんは、仕上がりに満足そうに頷いた後、私の髪を優しく結いながら、打ち明けるように耳元で囁いた。

「あの時……本当は、お前に口付けたいと心で願っていた。自分でも滑稽な程、動揺したな」

「えっ? それって……?」

「ああ、好いていた。言わなかったか?」

「だってあの頃は私の片想いで……え? ええっ!? はじめさん、あの、いつから私の事?」

思いがけない告白に、一気に心臓が跳ねる。まさか結婚して二年と三ヶ月が過ぎてから、こんな言葉を聞くなんて!

驚いて振り向いた私の顔を眺め、はじめさんは面映そうな顔をしながら、肩を竦めた。

「いつからか好いていたのかは、分からん。気付いたのは池田屋の二階だった。

 お前が晒を……。いや、これは言わん方がいいな。少し情けない気付き方だった。

 意外か? まぁ、伝えるつもりのない想いだったから、態度には出さなかったが。……千恵?」

「どうしよう、凄く……すごく嬉しい。ずっと同じ気持ちだったなんて!」

胸に嬉しさがせり上がってきて、涙が零れそうだった。ほとんど同じ頃に、恋に落ちていたなんて。

信じられない程幸せで、心が震えるくらいはじめさんへの愛しさが膨れ上がった。

潤んで揺れる視界に、はじめさんがいる。あの時と変わらずそばにいて、今も私を優しく守ってくれている。

はじめさんは、見上げる私の眦をそっと指で拭い、静かに微笑んだ。

「今も変わらない。口付けたい気持ちも、触れたい気持ちも。今も……ずっと……お前を好いている。

 この髪もだ。俺の為に長いままでいてくれるか? とても触り心地が良く、気に入っている」

「はじめさんがそう言ってくれるなら、髪も大切にします。あの……私も……ずっと好きです」

優しい視線に絡め取られて、長湯をしたみたいに逆上せてしまいそうだった。

貴方が好き。ずっとずっと、好きなんです。

想いを込めて蒼い瞳を見つめたら、はじめさんは少し頬を赤くして困ったように眉を下げた。

「あの頃は若かった、と言いたいところだが……あまり変わらんな。

 お前の間近にいると、勝手に欲が湧いてしまう。いや、勿論好いているからこそだが。

 はぁ、そんな風に見られると、加減が出来なくなる。困った奴だ、あんまり煽るな」

煽ってなんか、と言い返そうとして、けどはじめさんの目に宿る熱っぽさに余計に見入ってしまった。

大きな手が、結った私の長い髪を優しく撫でる。それだけで肌が粟立って胸が高鳴った。

「今夜、求めていいか?」

答えは決まってる。はじめさんもきっと、それを知っている。

慈しむように髪を撫でていた指が、私の唇に触れた。トクントクンと弾む心臓の音が伝わってしまいそう。

唇に感覚が集中して、身動きが出来なかった。そんな私を見て、はじめさんが悪戯っぽく笑う。

「了承、と受け取っていいな? ククッ、楽しみにしている」

私だけに向けられる甘い視線と、私だけが知るはじめさんの情熱に、体温が少し上がった気がした。

髪の短くなったはじめさんは、やっぱり格好よくて。心臓の鼓動は中々治まらなかった。





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