105 交感 (※15歳以下の方は飛ばして下さい)

繋がれた手の温もりに誘われるまま、はじめさんの部屋に入った。

布団が一組、文机が一つ。それ以外何もない部屋。

春に見送った時には確かにあった二人の暮らしが今はどこにもなくて、仕方が無い事だけど寂しくなった。

はじめさんは振り返ると、少し笑って私の頭を撫でた。

「恥ずかしい思いばかりさせてすまない。あの場に長くいるともっと恥ずかしいだろうと、

 急いで連れて来たんだが。嫌じゃなければ一緒に居てくれ。別に何かしなくとも、話をするだけでも充分だ」

確かに。盆屋の時は死ぬほど恥ずかしかったけど、知ってたのは山崎さんと土方さんだけだった。

今回は幹部の声援つき。出発するはじめさんはまだいい。私は……どんな顔でこの部屋を出ればいいのやら?

そう思うとかなり恥ずかしくて。でも、気持ちはちゃんと言おうと顔を上げた。

「あのね、土方さんにからかわれたのは、すごく恥ずかしかったんだけど。

 今も恥ずかしいんだけど……話をするだけじゃ、ちょっと寂しい、かな、なんて。

 また離れるんだったら、今は甘えたいです。その……くっついていたい、です」

「っ! !ああ、お前がそう言うなら……俺もそうしたい」

はじめさんは少し顔を赤らめると、繋いだ手をそのまま引っ張り上げて、自分の首に私の腕を回させた。

腰を抱き寄せられると、鼻先が摺り合うほど顔が近づき、私ははじめさんの蒼い瞳をじっと見つめた。

「はじめさんの目の色が好き。眺めてるとね、もうじき朝が来るような気になるんです。

 何かいい事が起こりそうな、そんな気持ちになります」

「そうか? 自分では分からんが……。お前が好きなら、俺も自分の目の色を好きになれそうだな。

 クスクス、ならいい事を、始めてもいいか?本当は……誰に言われずともこうしたかった」

そう言うと、はじめさんは吸うように私の唇を食んだ。味はないのに甘く感じる、不思議な唇。

柔らかくて温かいはじめさんの舌が深く口に入ってくると、色んな気持ちが混ざりあって胸が詰まった。

好き、寂しい、離れたくない、でも今はただ嬉しい。こうしていられる時間が……幸せ。

少し上がった体温と、速まる心臓が、私に次を催促する。ほら、もっと欲しいでしょ? って。

私は首に回していた手を下ろすと、唇を離して俯いた。勇気が要る言葉、でも、言いたい言葉。

「はじめさん、お布団敷いてくれますか?」

……言っちゃった。どうしよう、これってはしたない? かな?

足元を見つめたまま固まっていると、はじめさんはクスクス笑いながら屈んで頬に軽くキスをくれた。

「同じ気持ちだと分かって嬉しい。ありがとう……愛してる」

腰に回されていた腕が緩んで離れ、白い敷き布団が部屋の真ん中に広げられる。

私は懐剣を文机の上に置くと、結い紐を解いて髪を下ろした。

長い髪で顔を隠したら、少しだけ恥ずかしさが薄れる気がしたから。

なのに、大きな手がその髪を一つにして掴むと、肩から前に流してうなじに湿った唇が這った。

脇から伸びた両手が袴の紐を解いていく。始まりの予感が、心臓を急かす。

耳たぶにチュッと吸い付いたはじめさんは、ストンと袴を落とすと私をお布団に導いた。



「はぁっ……ん……はぁ」

明るい日差しの中。みんなが働いている同じ建屋で、着物を脱いで、はじめさんに愛されている。

背徳感と羞恥と……快感。

静かな部屋で声が音にならないよう、大きく息をして咽の空気を逃がした。

けれど、刺激が体を駆け巡る度に息を詰めてしまい、んっ、と短い音が咽から鼻に抜ける。

温かい唇に食まれて、吸われて、気持ちいいのは胸なのに、下腹の奥が呼応して熱くなる。

たぶんはじめさんもそれは知っていて、脇を撫でるようにすり抜けた手が、閉じた足の間に伸びていく。

腿を少し外側に押されると、膝を立てていた足が傾いて、はじめさんの体が足の間に移動した。

「布団を噛んでいるといい。恥ずかしければ目を瞑っていろ。あまり暗くはならんが、見えなければましだろう」

言われた通り素直に目を瞑ると、瞼の裏の赤い色だけになった。

でも、代わりに感覚が下腹に集中して、小さな動きにも大きく反応してしまう。

はじめさんの頭が今どこにあるか。考えるだけでクラクラするくらい恥ずかしい。

ザラッとした固い指に擦られ、柔らかい温かい舌にくすぐられ、布団を掴んで口元に押し当てた。

「ふっ……うんっ……」

もうやめて欲しいのか、もっと続けて欲しいのか分からない。

続けられたら先に果ててしまいそうで快感を逃そうとするのに、はじめさんは止まらない。

高みに昇るような、白い世界に落ちるような感覚に襲われて、勝手に背中が反って膝ははじめさんの頭を挟んでいた。

「よかったか?」

ようやく布団から顔を出したはじめさんは、到底答えられないような質問を投げかけてきた。

気をやる、というらしいこの感覚は、体の方は求めるけれど、心の方はついていかなくて、毎回恥ずかしい。

でも、どうしてだかいつもはじめさんにはばれてしまう。

私は、嬉しそうな顔で頬に口付ける彼に腕を回し、次の刺激に耐える準備をした。

はじめさんは両手を私の頭の横に着いて、ゆっくりと体を沈めていった。

「あ……んっ」

準備をしていてもやっぱり強い刺激に声が漏れて、それをはじめさんの唇が優しく吸い取った。

うっすらと目を開けると、部屋は眩しいくらい明るくて、視界の端に脱ぎ捨てられた着物が見えた。

黒い着物と若草色の着物が重なり合っていて、体が揺らされる度に快感と一緒に着物も揺れてるようだった。





「起きたか? 今、千鶴が膳を運んできてくれた。襖を開けるわけにはいかなかったから、外に置いておいて貰ってる。

 ククッ、膳を早く中に入れないと、色々後でからかわれそうだな」

少し眠ってしまってたみたい。ぼんやりとした頭でその言葉を聞いても、どこか他人事のようだった。

はじめさんは着物を羽織って帯を締めると、少し襖を開けて外の様子を伺った後、食事の膳を中に入れた。

私はまだ自分が何も着ていないことにようやく気付いて、枕元の着物を手繰り寄せる。

「袴は皺にならんよう畳んでおいた。緩く着付けるだけでいい、早く飯を食おう。

 千恵の味でなくて残念だが……一緒に食べれば何でも美味い」

「あ、本当だ。忘れてました! 帰ったら最初のご飯は私が作るつもりだったのに……。

 夕餉は私が作って、こちらに持ってきましょうか?」

「いや、また今度にしよう。朝まで出来るだけ一緒に居たい。皆の好意に甘えてゆっくり過ごそう。」

お替りが頼めないので、私のおかずとごはんを少し多めに分けて、二人きりの食事を楽しんだ。

お膳をお勝手に下げてお茶を入れて戻る間、誰にも会わなかったのが不思議だった。

私がお膳を下げるまで広間で待機するよう、千鶴ちゃんが土方さんに言われていたのを知ったのは、随分後の事だった。


沢山甘えて、布団の中でじゃれ合って。留守の間の話をしたり、子供の頃どんな遊びが流行ったか言い合ったり。

時々笑ってたまにしんみりして。でもその間中ずっと触れ合っていた。

八ヶ月ぶりの共寝。はじめさんの腕の中で、私は満腹になった子供のように、安心して眠りについた。






斎藤は、寝入った千恵の顔を眺めて、その額に口付けを落とした。

昨日血で染まった同じ手で、愛撫して、抱いて、果てて。そして明日の朝には、また置き去りにする。

どうしようもない程身勝手で、それなのにどうしようもなく愛おしく手放せない。

笑顔を向けられる度、白い腕にしがみ付かれる度、自分の罪が浄化されていくようで。優しい女の愛に甘えてしまう。

「俺の方がもっと……離れたくない」

本音をばらすように呟くと、小さく柔らかい千恵を包むように抱いて、目を瞑った。

絡めた足が温かかった。





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