103 帰還

千恵は、かじかむ手を擦り合わせながら、まんじりともせず屯所の玄関で皆の帰りを待っていた。

怪我人が戻ったら真っ先に出迎えるつもりだったが……その前にもっと驚く出迎えをすることになった。



早々と妾宅から戻って来た近藤は、隠し部屋で井上と尾形に守られている。

土方と斎藤は副長室だろう。千鶴は風呂場で、帰還する原田達の為に湯を沸かしていた。

千恵は玄関に熱い湯の入った盥を幾つも並べ、手拭いと晒を山積みにして、準備を終えた。

その時、門の所に人影が見えた。長い髪を高く結い、寒くても薄着のその人は……平助だった。

建物に向かって何か呟いた平助が、千恵に気付いて手を振った。

「千恵、ただいま! ……へへ、帰って来ちまった。俺、また皆に受け入れて貰えっかな?」

「平助君!! お……お帰りなさいっっ!! 良かった、間に合ったんだね? もういいんだよね?」

「ハハハ、格好わりぃよな。まさか伊東さんがあんな事考えてるなんて、思ってもみなくってさ。

 でも……それだけじゃなくて、ここに戻りたいってずっと思ってたんだ。

 ずっと……馬鹿だから気付くのも決めるのも手間取っちまったけど……間に合ったかな?」

「うん! もうっ、心配したんだからね? 本当に……おかえりなさい、平助君! 先に土方さんの所に行った方がいいと思う。

 近藤さんは色々終わるまで、安全の為に隠れてるから。一緒に行こうか?」

終わるまで。その言葉に一瞬平助の顔が曇ったが、千恵に首を振ると笑って言った。

「いや、一人で行く。行って……思いっきり怒鳴られてくる! それだけで済むか分かんねぇけどさ。

 まずは最初に土方さんの怒鳴り声聞かなきゃ、帰って来たって気がしねぇし!」

これから叱られに行くのに、平助の顔は嬉しそうで、目が輝いていた。

なんか、吹っ切れたみたい。すごく色々悩んだんだろうな……よかった、帰って来てくれて。

今、永倉達が刀を向けている先に平助がいない事。千恵にはそれが一番嬉しかった。

「お前ってさ、ここが好きではじめ君が好きで、それだけでここにいるじゃん? それって……正解だと思うぜ?

 俺もやっと気付いたんだ。自分の居たいとこに居りゃいいんだ、って! じゃ、行ってくんな!!」

手を振りながら元気よく駆けて行く平助は、ずっと見てきた千恵の知ってる、真っ直ぐな平助だった。

千恵はクスッと笑うと、正解だという自分の居場所に腰を下ろした。玄関は盥の湯気で白く曇り、ほんのり暖かかった。



やがてゾロゾロと帰ってきた隊士達はそのまま雑居部屋に戻り、負傷者と原田達が千恵の元に来た。

沢山用意した湯はあっという間に血と泥で濁り、忙しく手当てを続ける。

慌しくて人が大勢いるのに、妙に静かだった。様々な思いが去来して、皆言葉にならなかった。

千恵はその重い空気を払うように、つとめて笑顔でみんなの看護をした。

辛い時に辛い顔をしてたら、もっと辛くなるだけだもん。そう思った。

その内、風呂を沸かしていた千鶴も応援に駆けつけ、重傷者は戸板で医務室に運ばれ、軽傷者は歩いて部屋に戻った。

汚れた湯を溝に流して、空の盥を片付けようとしていると、原田が声を掛けてきた。

「お疲れさん。今夜はひとまず、これで終いだ。お前らはもう寝てこい。……ありがとうな」

原田は、千恵と千鶴の前掛けが血でまだらに汚れているのを見て、なんとも言えない気持ちになった。

二人の優しい献身には感謝してもしきれないが、政治闘争に巻き込んでしまった罪悪感が拭えない。

……風間達が心配して迎えに来たのも、あながち間違っちゃいねぇよな。

こいつらに血は似合わねぇ。もっと大事にされて、平和な場所で笑ってるべきなんじゃねぇのか?

戦が近づく中、新選組にいつまでもいるのは危険なだけだろう。なんで……笑ってられんだ?

だがそんな思いが表情に出ていたんだろう。千恵は原田を見上げてクスッと笑った。

「原田さん、大丈夫ですよ? 女性はね、とっても強いんです。

 どんな時代にも、男性と同じ数だけ女性もいるって事、忘れないで下さい。

 男性だけが戦ってるわけじゃないんです。私達も……違う形で戦ってます」

千恵と千鶴はニコニコ笑って頷き合った。好きな人のそばなら大丈夫。好きな場所だから平気。

そんな笑顔を見たら……降参するしかない。原田は微苦笑しながら両手を挙げた。

「参ったな、やられた。ああ、本当に女は強いな。ハハハ、これじゃどっちが守ってるんだかわかりゃしねぇ。……ありがとな」

今度のありがとうには、本当にしっかり心を込めた。素直にそう言えた。

「さてと、んじゃ俺も風呂に入ってくるわ。そんで、平助に拳骨落としてくっかな。

 あそこに居なかったってことは、戻って来てんだろ? あの馬鹿には一発お見舞いしてやらねぇと」

「クスクス、原田さん嬉しそう! ええ、一発でも二発でもどうぞ。しっかり歓迎してあげて下さい」

「あの、でもひどい怪我はさせないで下さいね? 私達の仕事が増えます」

「クッ、ハハハハ!! 分かった、手当てがいらねぇ程度に可愛がってきてやるよ。お疲れさん!」

女性二人に拳骨の許可を貰って愉快そうに笑うと、原田は手を振って建屋の裏へ歩いて行った。


明け方。平助は歓迎の数だけ出来たたんこぶを擦りながら、謹慎用の部屋で幸せそうにぐっすりと眠った。





[ 104/164 ]

頁一覧

章一覧

←MAIN

←TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -