60 お引越し

山南さんの訃報は事情を知らない皆に衝撃を与えた。総司は身内の方に最期を伝える為、屯所を出立した。

隊士の激増に加え、秘密の幽霊達を隠す必要もあり、結局西本願寺にお引越しが決まり準備を急いだ。



たしか……修学旅行でバスから見たなぁ。懐かしい思い出を振り返る。まさかあそこに住むなんて。

人生どう転ぶかわかんないね。そんな事を思いつつ、掃除の手を動かす。立つ鳥跡を濁さず、だ。

幹部も隊士も私も、自分の荷物は大してない。時代がそうなのか、新選組の決まりなのか、所持品は最小限。

それでも、鍛錬の道具や布団を積むと、大名行列かと思うほどの長さになり、ぞろぞろ歩く。

途中で疲れたとこぼしたら、新八さんが大八車に乗っけてくれた。引いてるのは平隊士さん達だけど。


「千鶴ちゃん、引越しそばって配るのかな? ここに接してる向こう三軒両隣って、すんごい数になりそうだけど」

「土方さんが配ってる姿は想像できませんけど、クスクス、近藤さんならやってくれそうですね」

「うん。いやぁ〜どうもよろしく、とか言って手渡しで配って回りそうだよね、アハハ」

「お、蕎麦か! いいね〜、夕餉は蕎麦にしてくれよ」

「じゃあ新八さん、二番組の皆さんと買ってきて下さいね。用意しときますから」

「おう、荷物置いたらすぐ行ってきてやるよ!」

食べ物のこととなるとフットワーク軽いね〜。荷台で揺られていると、西本願寺が見えてきた。



片付けもひと段落し、新居の勝手も分かってきた頃、歳さんと斎藤君は伊東さんと隊士募集に江戸へ下った。

山南さんに昼餉を持って行く。日差しは弱いがそれでも辛いのか、木陰で休んでいた。

「あら、奥で休んでないでいいんですか? 日に当たると辛いんでしょう? さ、召し上がって下さい」

「頂きます。体は辛いんですが、元の名残でついね。食べたら休みます。……あの時死を覚悟した癖に、

 やっぱり食事は美味しいし、両手が使えるのも嬉しい。幽霊の癖に生きているのが幸せだ、と言ったら笑いますか?」

「アハハ、ご飯を食べる幽霊なんていませんよ。美味しい、楽しいっていうのは生きてるから味わえるんです」

「そうですね。生きて……るんですね。思い違いをしてました。じゃあ楽しみましょう」

そうして笑い合いながらも。頭の中にはあの日の白髪赤眼の山南さんが過ぎって、心配は消えなかった。



庭で千鶴ちゃんに髪を切ってもらおうと、借りた鋏を片手に姿を探す。一年以上も放って置いたから、

もう腰近くまで伸びていた。洗うのも拭くのも面倒だ、バッサリいこう。すると丁度左之さんがいた。

「ああ、左之さんでもいいや。髪、切ってくれない? 左之さんと同じくらいでいい。頼めるかな?」

「いや、駄目だ。切るのはいいがせめて背中くらいまでにしてくれ、頼むから。……好きなんだ、お前の髪」

「っ! じゃ、じゃあ、それぐらいで。……お願いします」

自分に想いを寄せてくれている人に、髪が好きだと言われて嬉しくない女がどこにいるだろうか。

まして左之さんは。顔よし性格よし、キスまでした相手だ。ふとした拍子に意識する事もある。

腰掛けて肩に手ぬぐいを掛け、髪を下ろす。それを左之さんが櫛で丁寧に梳き、桶の水で濡らす。

左之さんの手が私の髪を大事な物のように扱っているのを感じて、急に心臓がドキドキしてくる。

やだ、散髪を頼んだだけなのに、何意識しちゃってんのよ! 落ち着け、心臓! 動揺するな!

「こうしてっと、夫婦みたいだな。今度俺の髪も切ってくれな」

「!!」

耳元で言われて心臓が跳ね上がる。馬鹿言って! とか冗談言って! とかいつもみたいに返せばいいのに、

何故か言葉に詰まって、コクリと頷いた。何、素直になってんだろ? まるで……まるでそうしたいみたいじゃない。



櫛で毛先を整え、慎重に鋏を入れる。まさか女の髪を俺が切る日が来るなんて思ってもみなかったが、

千穂にそういう常識は通用しない。たぶん文化が違うんだろうが……俺以外の男にも切らせたりしてたのか?

ふと浮かんだ考えにジリジリと胸が焼ける。自分だって女に困った事のない身だ。馴染みの女も常に数人いたし、

今でも酒を飲みに行けば露骨に色目を使われる事もある。まぁ、こいつに決めてからは大人しくしてるが。

だのに、屯所で皆と笑ってる千穂を見ると、突き上げるように独占欲が湧いて、俺だけを見ろと

言ってしまいそうな時がある。他の奴を見るな、俺だけに笑いかけてくれ、と。左之は思わず苦笑した。

恋仲でもないのに何考えてんだ、ったくガキか、俺は。ふと髪を切る手を止め横顔を覗き込めば、

耳と頬がほんのり赤い。……意識、してる? 試しに、今度俺のも切ってくれと頼めば、案外素直に頷いた。

ひょっとしたら……少しは脈が出てきたんじゃないか? 現金なぐらい、心が浮かれる。

鋏を動かす手が気分よく進み、仕上げに高く結い上げてやった。礼を言う千穂の頬はまだ赤く、俺は上機嫌で去った。



思ったよりもずっと綺麗に切ってくれた左之さんは、さらに結うところまでやってくれた。

終わって振り返ると、じっと私を見下ろしていて……。瞳の優しさと、その奥に揺らぐ熱に、

頬がカァッと熱くなる。そんなに愛しげに見つめられたら、困ってしまう……はずなのに。

困るどころか嬉しいと感じている自分に気付き、驚く。

どうやらいつの間にか、毛先ぐらいは掴まっていたみたいだ。


機嫌よさそうに去って行く左之さんを見つめながら、思った。しかもばれてる!?







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