33 帰還直後
屯所の門をくぐると、大幹部の人達は追討の打ち合わせの為、足早に奥へ消えていった。
左之さんも自分の組から死亡者と重傷者が出た為医務室へ向い、新八さんも斎藤君もそれぞれ忙しく。
皆が慌しく動く中、私はぼんやりとどこかうわの空で。気付けば裏庭の椅子に、放心したまま腰掛けていた。
着物に、袴に、手についた血をじっと眺める。これ……総司の血だ。体がブルッと震えた。
怖かった。刀より。むせ返るような血の臭いより。知っているのに変えられなかったという現実が。
前に土方さんが言った通り、歴史って後から書くものなんだね。
当たり前だけど、まだ起きる前には池田屋事変なんて名前はなくて、ただの大捕り物で。
きっとこの先起きる出来事も、その騒乱の最中はただ必死で、終わってから振り返った人が名づけるんだ。
だったら……私の知識ってなんだろう? 話せば何かが変わる? でも……きっとまた繰り返すのかも。
どうしようもなく変えることも出来ない状態になってから、ああこれがあの有名な「アレ」なんだって。
その度にまた間に合わなかった、また気付けなかったって……後悔するのかな?
日本史の教科書と資料集を合わせても、新選組の記述なんてほんの1ページほど。
彼らの歩む道も想いも、ドラマや小説になるほど人気があるけれど、残念ながら私は見たり読んだりしてない。
ただ、流れを知っているだけ。今を生きる彼らの熱い想いも志も……こうやって手についた血も、
教科書には書かれていなかった。本当に受験の為に暗記するだけの、浅薄な知識。
いっそ知らなければ、苦しむこともなかった、本当にささやかで中途半端な単語の羅列。
膝を抱え、顔を埋めて丸まった。時代を飛び越えて出会った皆は人懐っこくてあったかくて。
よく笑って、いつも騒いでて。隊服についた血も、どこか他人事だった。……昨日までは。
ああ……やばい、本当にへこんでる。なんか、斎藤君の言ってたこと、分かるかも。
私、泣いちゃいそうだよ。
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