31 池田屋事変(中)

屯所を飛び出した私達は、四国屋目掛けて走った。

夜道は暗く、行けども行けども辿り着かないような気がして焦りを掻き立てる。

「あとはこの通りを真っ直ぐ通り抜けるだけだ。俺は会津、桑名藩に向かうと伝えてくれ」

そう言うと、山崎さんは暗闇に消えていった。走る先に提灯の明りがみえた。いた!!


「土方さん、本命はっ、池田屋です!」

空気を吸い込もうとして乾いた喉が引きつる中、搾り出すように告げた。

「山南さんか……らっ行けって。や、山崎さんは会津と桑名藩に……」

駄目だ、息が整わない。

「原田! 斎藤! 先発しろ!! 千穂、お前は俺と一緒に来い」

「いえ、私も先に向います。池田屋事変だって知ってたらもっと……出来たのに……」

「っ! 考えんのは後でいい。自分に出来ることがあると思うなら行け。原田、頼んだ」

お願い、間に合って。間に合って。どうか!!

到着した時すでに近藤さん達が池田屋に入っていたら……。ああ、どうしよう。

「沖田総司 池田屋事変にて喀血   仔細不詳 昏倒の記述あり」

あれはどの本で読んだんだっけ。でも確かに読んだ。もしあれが事実なら総司は今頃――

唇が震えた。ほんの数時間前、額に鉢金を巻いてあげた時の嬉しそうな笑顔が思い浮かんだ。

「着いたら指示に従え。お前は刀を持ってねぇんだから、間違っても前に出るんじゃねぇぞ? くそっ」

左之さん怒ってる。どうして着いてきたんだって顔してる。仕方ない。謝罪も説明も後だ。今は……。

もつれる足を必死に動かし、池田屋に着いた時には怒号と悲鳴に混じって、血の臭いがした。

どうしよう……どこよっ!? 左之さんに続き裏側から入ると、額から夥しい量の血を流し平助が倒れていた。

「平助!!」

駆け寄ったがすでに意識がない。手拭いを広げ、額の傷を止血する。その時、中から声が聞こえた。

「総司! 大丈夫か!!」

止血した平助を横たえ、池田屋に飛び込んだ。後ろで左之さんの呼ぶ声がした。……ごめん。

「都築君! 君まで!! 一階はあらかた終わった。斎藤君、彼女と二階へ」

斎藤君と二階へ駆け上がる。もう刀のぶつかり合う音は止んでいた。それがかえって怖かった。

斎藤君と手分けして、総司を探す。私が一番奥の襖を開けた時、身震いする光景が目に飛び込んできた。

柱に寄りかかるようにくず折れながらも、目をギラギラさせ刀を向ける総司と、とどめを刺そうと刀を振り上げる長身の男。

「イヤァッ!!」

どんな力が働いたんだろう。自分で気付くより前に、私は転がっていた碗やお銚子を男に向って投げつけていた。

その間に総司が体勢を立て直す。その身に飛びつき、男の刀身の前に躍り出た。

「ほぅ、刀も持たぬ女が非力なこやつを庇うか。ん? ……同胞か、名を言え」

「は? 同胞って!?」

その時、総司が私をぐいと引っ張り背に庇った。

「あんたの相手は僕だ。この子に手を出したら……許さないっ!!」

殺気、気迫、オーラ……どう説明したらいいか分からない。ビリビリと空気を引き裂く物が、総司から溢れ出る。

「フン、まぁいい、用は済んだ。見逃してやろう。……女、東の者か? いずれまた会うやも知れぬな」

「誰よ! なんなのよ東って!!」

叫んだ時にはもう、男は窓の向こうに飛び出し、視界から消えていた。

「っっ!! 総司!! 大丈夫か?!」

部屋に飛び込んできた斎藤君が駆け寄り支えようとするが、総司はズルズルと畳に崩れ落ちた。ゴホッ。

口から血が……「喀血」……脳裏に浮かんだ言葉で気付いた。私、間に合わなかったんだ。

「千穂ちゃん……あ、りが……とう」

意識を失った総司の手から刀が離れた。私はその右腕を抱え、この時代に来て初めて……泣いた。





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