29 桝屋

千鶴ちゃんが総司達一番組の巡察にくっついて出発するのを見送ると、お勝手に行き湯を沸かした。

今日も蒸し暑い。きっと皆沢山汗をかいて戻るだろうから、玄関に湯冷ましと塩を置いておこう。

「ああ、千穂君。すまないが歳さんにお茶を一杯持って行ってやってくれないか」

「あ、井上さん。分かりました」

部屋に行くと土方さんは、文机に向かい書類仕事をしていた。

「お茶をどうぞ。少し休んで下さい」

彼は筆を置いて湯飲みを受け取ると、一服した。

「茶ぁ入れるの、美味くなったな。……昨日の話だが、近藤さんにも通しておいた。

 なら正式に雇うか、ともなったが……刀を持てねぇお前を隊士や小姓にってわけにゃいかないだろ。

 女中って案も出たが、下手に低くすると舐めてかかる馬鹿が出てこないとも限らねぇ。

 給金が出せるって点では、いい案だと思うんだがな。だから、お前にはもうしばらく、客人扱いでいてもらう。

 雑用ばっかりやらしちまって、名ばかりだがな。すまねぇ。

 近藤さんの養女となると、ここに置いとくわけにゃいかなくなるしな。そういう事だ」

「本当はいていい場所じゃないですもんね。……すみません、我侭言って」

「何言ってんだ、変な遠慮なんかするな。仲間だろ」
 
「土方さん……はい!」

仲間! 入れて貰えるんだ。嬉しい。信頼していると、遠まわしに言ってもらえたみたい。

「だからその……なんだ。お前も俺らをもっと頼れ。いいな?」

「もう充分頼ってますよ? 私の存在を信じてくれてるだけでもすごいのに、衣食住まで与えてくれて。

 感謝してもしきれません。島原に売り払ったっていいはずなんですから」


「馬鹿、そうじゃねぇっ……ったく、聡いんだか鈍いんだか。もっと甘えろ」

いきなり土方さんは私の両肩を掴むとぐっと引き寄せ、胸に押し付けた。

「もっと頼れ! ……俺を」

真剣な声色に、心臓が跳ね上がる。抱き寄せられた胸から、微かな着物の香のかおりと、

土方さんの匂いが漂い、鼻をくすぐる。こんな風に男性に抱きしめられるのはいつぶりだろう。

「……ありがとう……ございます」

「ハァッ、聞きたいのは礼の言葉じゃないんだがな」

土方さんはもう一度ギュッと私を抱きしめ、髪に顔を埋めて息を吸い込むと、体を離した。

まだ心臓は高鳴ったままで、今彼の目を見たら何かが変わりそうで……俯いた。

「引き止めてすまなかった。お茶、ご馳走さん」

「は……い」

湯飲みを下げて部屋を出た所で、山崎さんが土方さんの部屋に慌しく入って行った。

山崎さんが慌てるなんて珍しい。何かあったのかな? そろそろ一番組が戻るだろうと玄関に向かうと、

新八さん達二番組が縄を持ち、慌しく出立の準備をしていた。あ、井上さんがいる!

「なにかあったんですか? 一番組もまだ戻りませんし、新八さん達も出るみたいだし……」

「一番組が枡屋という所で切り合いになってね。今から援軍を送って捕縛するんだよ」

「えっ! あの、怪我は!? ……千鶴ちゃんは?」

「心配かい? 大丈夫、総司はああ見えて、約束はきちんと守る真面目な青年なんだ。

 かならず千鶴君を守って、じき帰って来るさ。私達は水を用意しとこう、暑いからね」


それでも不安なまま出迎えの準備をして、門を入ってくる一番組の隊列に混じって千鶴ちゃんが見えた時には、

ほっとしてその場にしゃがみこんでしまった。この後もっと心配する事になるとも知らずに。






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