144 集まれる場所
四月に入り、雪解けで足元は悪いものの関所も無くなり通りやすくなった街道を、雪村一家は歩いていた。
綱道の回復が思ったより早く、もう里の水を飲まなくても大丈夫だろうという事で、江戸に戻るのだ。いや、東京府か。
その後は、彼の知り合いの医師が横浜で医学所を開いているのでそこに向かう事になっている。
「私は初心に返る事にするよ。母の怪我を治したいと願ったあの日の気持ちに戻り、医者として生きようと思う。
お前達は何か考えているのかい? 横浜港はこれから外国との交流が盛んになるだろう。いい場所だ。
庶民の帯刀も廃止される方向で議論されている。お前達も、新しい時代にふさわしい何かを探すといい」
「新しい時代、か。色々やってみてぇな! 千鶴は何がしたい? 行きたい場所とかあるか?」
「えっと……まずは風間さん達にお礼を言って、千穂さんとお千ちゃんに会いたい。
二人の子供の顔も見たいし、私達の結婚も文で報せたきりだし。……駄目かな?」
「いや、いいと思うぜ? 俺も会いたいし。その後どうするかは、ゆっくり決めればいいじゃん」
「なら里に行く道順と方法を教えておこう。風間様に、くれぐれもよろしく伝えておくれ」
一度は平助が同居を申し出たが、綱道が断った。自分は定住するから、お前達は好きに動いてたまに会いに来てくれ、と。
千鶴も、必ず父に会える、戻れる場所があるなら、安心して平助に付いて行けるから、その案に賛成した。
平助はずっと、新しい考えや新しい世界が知りたかった。前はそれで苦しんだけれど、もう時代は変わったんだ。
旧幕府とか新政府とかと関係ない所で、自由に生きたい。千鶴と一緒なら何でも出来る気がした。
江戸に戻ると綱道は診療所を畳み、平助と千鶴は、総司の墓参りに行った。結婚の報告をしに。
「きっと腹抱えて笑ってんぜ? 君達が夫婦だなんて、とか言っちゃってさ。……もっぺん会いたかったな」
「うん。一年前にお別れした時は、まだ元気に冗談言ってたのに……。まさか亡くなるなんて思わなかった」
二人は総司の失踪を知らない。あのまま静養していれば、再び会えたはずなのに、という気持ちになるのも無理なかった。
最後を看取っていないので実感も湧かず、ただひたすら、二度と会えない寂しさだけが募った。
その後、綱道とは横浜に行く途中まで同行して別れた。そして平助と千鶴は手を繋ぎ、鬼の里へ向かった。
原田家では、一人でお座りしてハイハイで移動するようになった治が、毎日何かしら騒動を起こしていた。
危ないからと囲炉裏の板間は封鎖され、縁側には脱走防止の柵が設けられた。それでも襖も障子も穴だらけだ。
だが今日は道場もお休み。里の門には人だかりが出来て、その中に原田一家も風間一家も、新八もいた。
門が開くと歓声が上がる。あの雪村の里で生き残った姫様がご到着だぞ! と皆が沸き返る。
馬上の二人は恥ずかしそうにペコペコ頭を下げながら進み、私達の姿を見つけると馬から下りて駆け寄った。
「待ってたわよ、ようこそ風間の里へ!! 千鶴ちゃん綺麗になったわね〜! 藤堂さんも元気そうでなによりだわ」
「この子が千都(せんと)くん? うわぁ、ちっちゃい! 綺麗なお顔ね、二人に似て」
「頭は金髪なんだな、もろ風間の子じゃん!」
「ああ、よく言われる」
「うおっ!? 新八つぁんまでガキこしらえたのかよ? いつの間に!?」
「馬鹿言え、俺んじゃねぇ! 左之んとこの治だよ。ほら、千鶴ちゃん抱いてみな、泣かねぇから」
「わわっ! フフフ、可愛い〜〜!!二人のどちらにも似てますね。うちも欲しいな〜〜。ね、平助君?」
「そういやもうお前らも夫婦なんだな、平助が旦那ってのが笑えるが。ほうら治、こっちに来い」
「うっせぇな、千鶴は俺がいいって言ってくれたんだから、それでいいんだよ!」
「クスクス、平助も千鶴ちゃんも疲れたでしょ? あとでうちに来てね。先に……風間に話すんでしょ?」
「ええ。風間さん、お宅にお邪魔してもいいですか?」
「ああ、用意させてある。千姫、千都を貸せ、先に戻ってる」
平助と千鶴は、綱道の様子を報告して礼を言う為、風間家へ向かった。
そこには、千都の誕生を祝う為、天霧と不知火も来ていた。天霧は千鶴を見ると深々と頭を下げた。
侍従や家老らも平助と千鶴に丁重で、改めて、雪村家の名前の大きさを実感した二人だった。
だが、どんなに名前が有名だろうと、千鶴は千鶴で違和感があり、平助も居心地が悪かった。
「ね? 私が京で千鶴ちゃん達と遊びたがった理由が分かったでしょ? 固っ苦しいのよね、ホント」
こっそり耳打ちした千姫の顔は本当に嫌そうで、二人は笑いを堪えるのに必死だった。
綱道の所業は許しがたいが、里を焼かれ仲間と子を奪われた苦しみは耐えがたかっただろう、と皆一様に同情的だった。
それは千鶴に対しても同じで、平助もその夫として歓待されたが千鶴の比ではなかった。
いつの間にかこっそり千都の所へ逃げたお千ちゃんを恨めしく思いながら、食べつくせぬご馳走を前に残すかを悩んだ。
昼餉の後は千穂の家に女三人が集まり、男性陣は道場で朝まで酒盛りだ! と出て行った。
「「千鶴ちゃん、改めて結婚おめでとう!」」
「ありがとう! 平助君とっても優しいから、本当に幸せだよ。威張らないし何でも一緒に考えてくれるの。
いつだって最初に千鶴はどうしたい? って聞いてくれるから、素直に何でも言えるし」
「ハハハ、ご馳走様! 左之助さんも優しいよ〜。子供沢山欲しいって言ってただけあって、子煩悩だし。
男気があって大らかだから、皆慕ってくれてるし。何より愛妻家なの、目一杯愛されてる、フフ」
「いいな〜、うちも愛妻家だし優しいし子煩悩だけど……あの俺様は治らないわね、きっと。
でも頭領としては外せない気質だから、私にはピッタリかな。上に立つ器がないと私の夫は務まらないもの。
結局皆お似合いの相手と結ばれてよかったね、って話じゃない? そういえば、お菊が最近天霧といい感じなの!」
「わぁ、素敵! 平助君と私、天霧さんにはとてもお世話になったの。応援したいな〜」
「うん、大人の恋って感じだよね。天霧さんの出張もっと減らすよう風間に頼んであげたら?」
「ん〜、千景ったら私のそばに居たいからすぐ押し付けるのよね。あっ、菊も同行すればいいのよ!」
話はどんどん勝手な方に転がっていく。本当に好いた者同士じゃなかったらどうするつもりなんだ。
そんな話で盛り上がってるとは知らず、天霧と菊は主人達の留守に、静かな午後を二人で過ごしていた。
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