137 二人の終戦

「会津が降伏?」

「ああ、会津が説得に応じて降伏したそうだ」

永倉新八は度重なる敗北にも揺らがなかったが、その報せには流石に参った。

今日明日にも命を落とすかもしれない、その事は別に構わなかったが……。

もう、戦うための金と食料が限界に来ていた。藩が降伏すれば、兵糧も届かない。

秋晴れの冴え渡る空を見上げ、山南さんの手拭い……あの例の似顔絵が入った物……を取り出した。

最後に背中を預けて共闘した時のことを思い出す。山南さんの、最期の言葉……。


「皆と歩んで幸せでした。君が後世に伝えて下さい。

 馬鹿の集まる楽しいところだったと……」


新選組と袂別してから、進軍中思い出すのは楽しい思い出ばかりだった。近藤さんの事すらそうだった。

喧嘩別れみたいに飛び出してここまで来たが……道場で食客だった頃足りない雑炊を分け合って食べた事とか。

桜が咲けば花見だと、月が昇れば月見だと、なんのかんのこじつけては宴会を開き酒を飲んだ事。

喧嘩を売られちゃぁ左之と平助と三人で暴れた事、など……思い返すとキリが無いほど。

その時、靖兵隊の一人が走ってこちらにやってきた。敵襲か? と構えたが渡されたのは一通の文。

その文を開き、内容を読んだ新八は……破顔一笑した。あんの野郎、とうとう親父になりやがったか!

姉御肌で元気のいい千穂ちゃん、そして長年の友である左之。二人が夫婦になった時には驚いたもんだった。

二人とも、元気なんだな。そっか……子供が生まれたか。ハハハハ! んじゃ、ちょっくら会いに行くか!!

手拭いの刺繍に縫われた山南さんが、それでいい、そうしなさい、とでも言ってるように笑ってた。

ま、結構俺も頑張ったんじゃねぇか? 藩を飛び出して剣術修行に出てからここまで……走りぬいてきた。

文と手ぬぐいを懐に入れると、靖兵隊の皆を集めた。俺に命を預けて付いて来てくれた連中に、最後の命令だ。

響き渡る新八の声を、木の上から青髪の男が聞いていた。男は最後まで聞き終えると、音もなく去って行った。


新八は、ひとまず江戸の松前藩邸に戻ることにした。んでもって、ガキの面を拝みに行ってやろう。

連戦で傷だらけの体が今日はやけに軽く感じた。

永倉新八は、明治へと足を一歩踏み出した。





その頃会津では。藩の降伏の報を聞いたにも関わらず、斎藤一はまだ交戦中だった。

新選組が会津を出立し猪苗代に向かうと決めた日、斎藤は残る事を選んだのだ。

自分の居場所である新選組を、ずっと支援してきてくれた会津のために。その恩に報いるために。

最後の一兵が倒れるまで、抗戦し続けるつもりだった。ここに、骨を埋める覚悟はとうに出来ていた。

……この陣地もあと幾日ももたないだろう。だが、最後まで……死力を尽くそう。


だが、その時。松平容保様の使者と名乗る男がこちらに向かってやってきた。

降伏を促す書状。それは斎藤をはじめとする敗残兵に宛てたものだった。主君からの命令は絶対だ。

会津のために命を散らそうとする彼らを、どうにか救いたい、という願いの詰まった命令だった。

……ここまでか。まさか、生き残れるとは思わなかった。この激戦で幾度も命の危険に晒された。

ここでお終いか、と思うその度、生きろ! と己を励ます言葉が浮かんだ。それを支えにしていた。

「こちらは斎藤殿に宛てた私信です、不知火という男から預かりました」

「不知火?……ああ、分かった」

受け取った文を開き、短い文章に目を通すと、フッと笑った。いかにもあいつらしい。必ず……か。

主君の想いは受け取った。ならば命は繋がれるだろう。いずれ……果たせるやも知れぬな。

「容保様の御厚情、しかと承った」

安堵の表情を見せた使者に礼を言うと、最後まで共に闘った会津藩士達と、陣を出た。

斎藤達のの忠義の心は敵将にも賞賛され、松平公の多大な尽力により、各々藩に預かっての謹慎が言い渡された。

長く苦しい謹慎生活の中、その文は擦り切れてもずっと懐に納められていた。

必ず、会いに行こう。

斎藤一は、通り名を変えても元号が明治に変わっても、斎藤一であり続けた。





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