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「眠ったか」
「ああ、意外と早かった」
知世が寝たのを確認した後、副長室に来た原田は土方のそばに腰を下ろした。
「「はぁ〜」」
二人同時に溜息をつき、思いを察して笑いあうと妙な仲間意識が湧いてくる。
昔からの付き合いだが、今ほど土方を近しいと感じたことはなかっただろう。
守ることの出来た安心感と共闘意識で、目が合うたびくすぐったい気持ちが広がった。
胡坐をかいて刀の柄をいじりながら、今夜だけは不思議と居心地のいい副長室で一息ついた後。
気掛かりをひとつ尋ねてみることにした。
「で、どうすんだ? まさか毎日送り迎えは出来ねぇだろ、あいつが遠慮しちまう」
「あの部屋をそのまま使わせる。……住み込みの女中が一人居たら助かると思わねぇか?」
「まじかよ!? 屯所に住まわせんのか? ククッ、女中ねぇ、ま、当座はそうなるか。最終的には――」
「俺の嫁だ」
「冗談だろ? 俺の嫁さんに決まってる」
ニヤリと笑い、合った視線に火花を散らす。
勝負はこっからだが、知世を守るほうが先決だ。
原田と土方はどちらからともなく視線を外し、彼女の寝ている部屋の方へ顔を向けた。
それだけで優しい気持ちになれた。
半月後。長屋から家財を移し屯所に馴染んだ住み込みの女中は、今日も忙しく働いている。
「皆さん朝餉の支度が出来ましたよ! もうご飯をよそいますから来て下さいね」
元気のいい知世の声に、男達がゾロゾロと部屋から出てきた。
眠気を吹き飛ばすように大きく伸びをした原田も、書類仕事の疲れを解すように肩を回す土方も。
湯気の立つ汁を啜り、炊き立ての飯をかき込む。
膳を覗き込み、お互いの優劣を測りながらその勝敗を決しようとは思っていないらしく美味しそうに平らげていく。
そんな二人を見て知世は嬉しそうに小さく笑った。
食事の後、まだ広間に残っている土方と原田にお茶を持って行くと、同時に二人からジッと見つめられた。
途端に頬が紅潮する。二人の目はあからさまに自分への気持ちを表していた。
そして聞いている。もう答えは出たのか、と。
はっきりさせなきゃいけないのかな。
私……どっちか片方なんて選べないよ。どちらにも笑っていて欲しい。
どうしたらいいの?
優しくて強くて、頼りがいがあって格好いい。そんな二人に優劣なんてなくて。
湯呑みを前に置いた後、座って自分の手元を見つめながら答えを探したけれど、心は彷徨うばかりだった。
少し気まずい沈黙が続いた後。
クスクスと笑い出した二人の声に驚き、弾かれたように顔を上げた。
「ククッ、追い詰められた鼠みてぇな顔すんな。原田も俺も猫じゃねぇんだ。悪いな、からかいすぎた」
「ハハハ、あんま強引に迫ってたらそのうちどっちも要らねぇって言われそうだな。
知世、お前きっとどっちも好きなんだろ? まだどっちかが特別ってわけじゃねぇ雰囲気だよな」
「……土方さん、原田さん。私、お二人とも好きです……ちょっと、笑わないで下さい! 真剣なんですから!」
真面目に考えて真剣に答えたのに、二人とも涙が出そうなほどお腹を抱えて笑っている。
こんなにも悩ませて気を揉ませた癖に、なんて人たちだろう!
でもカラッとしたその笑い声に、だんだん明るい気持ちになってきて申し訳なさが徐々に薄れてゆく。
気がついたら一緒になって笑っていた。
自分でも不謹慎だと思う。二人とも本気で好きだと言ってくれてるんだから。
なのになぜか私達はこのやじろべえのような関係でいいんだと感じた。
笑いすぎて本当に涙の出た私が懐の手拭いでそれを拭き、息を整えて彼らを見ると。
心臓が高鳴るほど優しい視線が寄せられていた。
「無理に選ばせるつもりはねぇよ。迷うぐらいなら堂々と二人とも好きだって言っとけ」
土方さんの手が伸びてきて頬を突いた。赤らむのが自分でも分かった。
「ああ、俺達が見てぇのはお前の笑顔だ。惚れた女にはいつだって笑ってて欲しいんだよ」
原田さんの手も伸びてきて、髪をくしゃりと撫でた。大きくて武骨なのに優しい手つきで。
目を細めた二人の顔を見比べ、肩の力が抜けていく。
そうだね、二人とも誠実なんだから私も素直に、今の気持ちを大事にしよう。
「フフ、はい。私……お二人をどちらも同じぐらい、とっても大好きです。
だから――――喧嘩せず仲良くして下さいね?」
最後の言葉に、原田さんと土方さんが目をパチクリとさせた。
「ククッ、一本取られたな」
「だな、当分三人で仲良くやってこうや土方さん」
参った! とばかりに膝を崩した二人は、私の頭越しに笑い合う。
それがなんだかとっても自然で、この選択は間違っていなかったと思った。
やじろべえの真ん中になった知世が笑顔で二人の心を満たす。
勝者はきっと、彼女だろう。
土方も原田も、知世の笑顔には勝てないのだから。
fin.
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