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うだるような夏のある日・・・僕らはきみに出会ったんだよね。
「はじめくん」
「ああ」
双子にはたったこれだけで十分。
僕らはさほど混んでいない電車の中で可愛い女の子にたかる中年のオヤジの両側に進んだ。
「もうそのくらいにしたら。」
さり気なく僕はオヤジの耳元で呟く。
反応なし・・・か。
「あんた、恥ずかしいと思わないのか。今ならまだ間に合う・・・弟が大人しくしている内に止める事だな。」
嫌だなあ、それじゃ僕がまるで何か怖いことするみたいじゃないか・・・
オヤジが僕の方を見た瞬間にニヤリとしながら背負ってた竹刀をそっと触った・・ほんとうにそれだけなんだけど・・・何だか青い顔して次の駅で降りちゃった。
それまで怖かったのか僕らに背中を向けていた女の子は、こちらを向いて深々と頭を下げた。
ありがとう・・・ゴトゴトという電車の音にかき消されそうな小さな声
そして顔を上げた時の涙を堪えている彼女に囚われた。
そんな僕を後目に彼女に真っ白なハンカチを渡すはじめくんは悔しいけどさすがだ。
折しも降車駅が同じだったので、降りたホームのベンチで彼女が落ち着くまで待つことにした。
「もう大丈夫です、ご心配をおかけしました。」
「ほんとうか?家の者に迎えに来てもらってはどうだ?」
「今の時間ですと家には誰もいません・・・でも帰り道は人通りも多いですし・・。」
「そうか。」
はじめくん、そこはもっと頑張ろうよ。
「ねえ、きみの家ってどの辺?僕らも今日からこの町に住むんだよね・・えっと桜ヶ丘だっけ?」
「たしかそうだ・・三丁目・・。」
「まさか・・うちもそのあたりなんです。」
「へえ〜、奇遇だね。だったらさ、一緒に行こうよ。」
「はい」
「きみ、今怖い思いしたのに男二人と一緒って危ないと思わないの?親切そうにしていて・・実は送り狼的な。」
「そんな・・・。」
「総司、いい加減にしろ。すまない、弟はすぐに人をからかう癖があって・・。」
「総司・・弟・・・あのもしかしたら、あなたは斎藤一さんですか?」
え・・なんで・・彼女から発せられた言葉に僕らは驚く・・・まさか・・
「あれ、きみって土方さんの家の人?」
「はい、申し遅れましたが私は土方蓮です。そして兄の歳三と二人で暮らしております。」
嘘だ・・・あの鬼方さんにこんな可愛い妹が・・。
言葉の出ない僕らを見ながら
「似てないでしょ・・。私は養女なんですよ。」
「そうなんだね、よかった、あの土方さんと同じ血が流れてなくて。」
「総司!」
「だって冷血非道の鬼で・・・。」
「面白いですね、総司さんて。私はあの綺麗な顔の兄に相応しくない妹みたいな目で見られることが多かったから何だかほっとしました。」
「あんたは・・十分綺麗だと思うがな。」
恥ずかしそうに下を向いたはじめくんと顔を赤らめた蓮ちゃん。
まただ・・はじめくんに今日は・・いやいつもそう・・本命だけ掻っ攫われる。
でも・・その時・・この子はだけは渡したくないと思った。
話は遡るけど
昔、美術商を営んでいた男がおりました。
生まれ持ったセンスと努力の賜物で一代にして大きなギャラリーと各界に得意先を持ちかなりの富を得ました。
そんな折にある旧家の蔵の中の物を何日もかけて鑑定していると、その家の娘と親しくなりました。
娘は10歳も下の高校生で、旧家のしきたりを嫌い街中で怠惰な生活の毎日。
男はそんな娘を心の中では金持ちの甘ったれと蔑みながらも、親しくなれば何か家から引き出せるかもしれないと思い親身になるふりを続けていましたが、鑑定と取引が終わりさっさと帰ってしまいました。
それから3か月くらい経った頃、男は雪の降る寒い夜にギャラリーの入り口に倒れていた娘を見つけたのです。
翌日目覚めた娘から悪い男に騙されて身を風俗店に売られそうになった所を必死で逃げてきたと聞き、男は初めて娘の愚かさを罵倒し家から追い出してしまいました。
でも娘は雪の積もった玄関先で正座をして男が来るのを待っていたのです。
月日は流れ、男は手がかかると言いながらも娘を妻に迎え、生まれた男の子の双子と共に幸せに暮らしましたとさ・・
ていうのはお話の世界だよね。
現実は・・・
二卵性の双子の僕らは兄はじめは父似、弟総司は母似と真っ二つに分かれていていることを逆手に取って、他人のふりをし続けて遊ぶことが多かった。
僕らが中学生になった頃、母は暇になった事で家に居る事が苦痛になって来たんだ。
悪い事に友人がやっているカフェのお手伝いを頼まれてしまい、父の反対を押し切って始めたアルバイト・・・そこで調子のいい男に引っ掛かってしまったんだ。
男と駆け落ちまがいの旅行に出た母を父は必死で探し戻ってきた。
母も男と共に家を出たものの後悔の毎日だったらしく・・・父が見つけた時には男と別れて後だったそうだ。
父と僕は泣いて謝る母を許していた・・・でも・・
「あんたは俺の母ではない、汚い。」
はじめくんのその一言がすべてだった。
母はごめんねと言い実家へ戻って行った。
「はじめくん・・・おねが・・い。」
はじめくんは唇を噛みしめ、今にも血が噴き出しそうなくらい拳をにぎりしめて壁を叩いていた。
その後、母を追って僕も母方の実家で暮らすことにしたのだ。
僕は母に瓜二つだもの、毎日顔を合わせるという事が二人には耐えがたいだろうから。
こうして僕は沖田の姓を名乗りはじめくんとは本当の意味で他人となったのだった。
離れてすぐに母は病で亡くなり、柵の無くなった僕に父とはじめくんは戻るように言ってくれたけれど娘を失って打ちひしがれる祖父母を置いて出て行くことは出来なかった。
でも僕らの絆は強い。
大学を出た僕らは父の友人である近藤さんが社長をしている近藤物産に就職が決まった。
はじめくんは父の事業を継ぐのかと思っていたからすごく驚いたけれど、再び逢えた喜びは格別だ。
近藤さんのご厚意でご自宅に下宿させて頂いてようやく僕らは失われた時間を取り戻すかのように毎日を過せたわけだ。
そんなある日近藤さんの娘さん夫婦が海外から戻られることになり、僕らは新たな下宿先を探さなくてはならなくなった。
もちろんもう離れたくない僕らは二人で住める物件を探していたのだが、なかなか見つかれない。
まるで新婚さんみたいだなと近藤さんにからかわれながらも、一緒が最優先だった僕らに近藤さんが口をきいてくれたのが土方さんの家だった。
土方さん・・すごくよく知っている人。
はじめくんは大喜びだけど・・僕は複雑なんだよね。
土方さんは近藤さんがまだ僕らが一緒に住んでいた子供の頃にご実家で剣道の道場をされていてそこでの兄弟子にあたる人だった。
土方さんのお気に入りははじめくん。
僕がどんなに強くても総司いい気になるんじゃねえとか文句ばかり。
あんまり乗り気じゃなかったけどはじめくんがすごく嬉しそうだから僕は我慢しよう。
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