答えながら八代は、隣にわざわざ座ったクラスメイトの女子の名をやっと思い出していた。確か匙谷といった、どこにでもある名字のセミロングの少女。行動力や発言力はある方で、クラスで何か決める時によく手を上げている。
そんな彼女が自分になんの用なのかと、窺うつもりで視線を合わせると勘の良いらしい彼女は気まずそうに眉尻を下げた。
「あー……あのさ、ちょっと友達に頼まれて」
「なに?」
「誕生日……教えてくれない?」
何故だか申し訳なさそうな顔で尋ねる彼女を見ながら、八代は合点がいったと苦笑する。
「なるほどね……。10月だよ」
「何日?」
さっさと用事を済ませたいのか、勢い込む相手の姿は八代の悪戯心をくすぐった。
机に頬杖をついて、その顔色を観察しながら彼は、わざと秘密を告げるように言う。
「0日」
効果はてきめんだった。
「……は?」
少女は、何を言っているんだとばかりに顔を顰めた。
「八代君、からかってる?」
「ふふ」
笑い声だけ残して、八代は黒板に近寄るとチョークを手に取った。
『10月0日=10/00』
書きはじめた彼は、そこから更に矢印を引っ張って続けて行く。
『10/00=1000=8』
そこで、少女が声を上げた。
「何で突然8が出て来るの?」
「1000は8でもあるから」
困惑する彼女に、ニヤリと笑って八代は言い放った。それ以上の説明はない。
「馬鹿にしてる?」
とうとう疑問を怒りに変換した少女が、ふざけないでと睨む。その厳しい視線をかわすように、彼の表情はふっと緩んだ。
「ばれた?」
「もーっ最低!」
「あははっゴメン、ゴメン。本当は10月1日なんだ。0時00分に生まれたから、ちょっと意識して」
「あぁ〜そう言う事! 性格悪いよー」
「ごめんってば」
黒板の文字を消してもう一度、申し訳なさそうに謝った八代に満足したのか、一先ず矛先を収めた少女に微笑んで、八代はさりげなく視線を窓に映した。
その口元が、ゆっくりと綻んでいく。
何か面白いものでもあるのかと、少女が釣られてそちらを見ても、外は相変わらず灰色の空と雨粒が覆う濁った風景だ。
「どうかしたの?」
「いいや……なんでもないよ。そろそろ帰ろうか」
「え? あ。うん……」
答えたものの動かない少女に対し、八代は通学カバンに伸ばした手を止める。
「匙谷さん?」
少女の視線は窓に張り付いていた。そこには、反射する蛍光灯の光が教室に残る二人の姿を映し出している。
彼女は、確かめるように窓に映った八代をじっと見つめていた。
黒髪に白い眼帯をした、同級生。
そんな彼を暫く見つめた彼女は、ふーっと息を吐くと笑顔を浮かべて振り向いた。
「ごめん、私の勘違いみたい。行こ」
そう言って先に立って歩く少女が、先ほど何に気づいて違和感を感じたのか。
なんとなく見当をつけながら後に続いた八代は、きっと彼ならこう言うだろうと最後にもう一度だけ、窓の方を振り返った。

『つまんねー話をしてんじゃねえよ』

教室のドアに手をかけた黒髪の男が、じろりとこちらを睨んでいた。


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