※過去捏造注意!
バーナビーは、考える。
なんでまたこんな男が欲しいのか。
小うるさくてすぐに突っかかって来て、余計なおせっかいがデフォルトで、パートナーの名の下に尻拭いをさせられることもしょっちゅうだ。
それでも彼を欲する心は正直で、答えは出ないがまあそれでもいいかと思いはじめた自分もいる。
理由なく人を好きになれるタイプではないと思っていたし、そうあろうとしてはきたつもりだ、理由はそのうちゆっくり考えて、納得できるものを後付けしてもいいだろう。
ただし、何故ここまで男相手に手馴れているのかだけは、考えたくない。
「先輩」
「んー」
「あんたなんでそんなビッチなんですか」
マットの上に手足を放り出し、片膝をたてて酒を飲むバーナビーを背もたれがわりにして同じく酒を傾ける。
彼の部屋は不潔でなく適度に手が掛かっていなくて、物が沢山あるわりにどれも散らかされているわけではない規則性でもって適度に乱雑で、からっぽな自宅よりも業腹ながら居心地がいい。
「えービッチとか。やだねーバニーちゃんたらヒワーイ」
言いながらよこす目線が酒に染まってやや赤い。ぎゅう、と胸の奥をかき乱された気がする。ああもうこのクソビッチ。男誘ってなにがしたい。
「ビッチにビッチって言ってなにが悪いんです」
なるべく平坦に、色が出ないように、いつも通りの受け答えを。いってやるとだってー、と声をあげながら腹ばいになってばたばたと暴れる。
手元のグラスから少し酒がこぼれてマットにしみるのを、あーあー、といいながらローテーブルのうえの布巾で雑に叩く。
「オジさんには色々あるのー。ていうかあったのー」
あげく、上目遣いでそんな言葉を平気で吐く。
自覚があるにしろないにしろ、腹立たしいほどに胸が騒ぐ仕草。ちくしょう写メりたい。
携帯に入っていたアホ面もしっかり隠しフォルダにしまってある。でも本当はもっと、普段の彼だとかヒーローしてる時の引き締まった顔だとか、あと正直あんあん言わせてる時だとかの顔だって欲しい。
彼の全てを見ていたいと思う。いつでもそれを見る手段があればいいと思う。若い女性達に写真をねだられたりこっそり隠し撮りをされるたびに心の中ではうんざりしていたのを今になって反省する。好きになった人のものは、なんだって欲しいんだ、今更気付く。
それがたとえこちらに痛い過去のおもいででも。
「ただでさえ頭が悪いのにそんな喋り方すると余計馬鹿にみえますよ」
まーお前に比べりゃ大方みんなが馬鹿だよ、と酔って染まった目元を緩めて囁かれた。そうですか、とそっぽを向くと、ちょっと褒めたくらいで照れるなよーと絡まれた。
背中からのしかかられて、髪に鼻を突っ込まれたらもうばれているだろう、耳たぶが赤いこと位。
この人に言われると、聞き慣れた言葉でもいちいち反応してしまう自分が憎い。ちくしょう、録音したかった。
ずるずると背中から剥がれて、僕の腹筋に頭を載せる格好に落ち着いてくつろぐオジさんに、呑んですぐ寝ると太りますよ、と声をかけてみる。もうちょっと太っていいっていわれるもーん、といつもの返事がかろやかに返ってきて、あんまり幸せで微笑んでしまいそうになるのを酒を一口含んで隠した。
ふにゃふにゃと緩い表情。したたか酔って油断した先輩なら、正直に話してくれる気がして聞いてみる。
ねえ先輩、今まで何人喰ったんです?
冗談めかして言ったのが気に入ったのか、くすくす笑いながら腰に腕を絡めて腹に顔を埋めてすりつく。
今までこの人のこんな姿を何人が見たんだろうと思うと、体の芯がすうっと冷えた。それでも口調は意地でも崩さない。
「えーバニーちゃんは何人よ。カノジョ。」
むふふ、と笑ってご機嫌なこの人は気づいていないだろう、同じく冗談めかして答えてやる。
「むこうが勝手にきてくっついて押し倒されるのを彼女と呼ぶなら5人ですかね。2、3人に構われてた時期もありましたし」
年上ばっかりでしたけど。
言うと、あーだからバニーちゃんえっちうまいんだなー、としみじみ吐かれた。
「バニーちゃん押し倒すようなお姉様方は見た目もセンスもえっちも自信持てるくらいには上手いんだよ。
そんな人たちに仕込まれたんだ、下手になるわけねぇだろ」とも。
「にしてもバニーちゃん男相手ははじめてだろ?やっぱ上手い下手は才能なのかなー」
もーやだー虎徹悲しいー、とじたばたするのを眺めて、黒い髪を撫でる。さして手入れをしているわけではないだろうに、触り心地が良くて手の往復が止まらない。
で、あなたは?と訊き返すついでに、毛を握ってつん、と引いてやるとえーおれのばんー、禿げるやめろひっぱんなーとのんきな声が上がった。
「ハイスクールの時は興味なかったからなー……まー、大学でひとり、ふたりか。だろー。
で、奥さん。んふふ美人だろ。ほらみろ写真。楓あいつ似だから美人になるぞーお前なんかにやらんからな!おとーさんゆるさーん」
幸せそうにわらって指差した写真の先には、長く伸ばした髪と柔らかい笑みが優しい女性の姿。腕の中にはまだ小さい娘さんがだかれていて、その後ろに今より若いオジさんが笑っている。少し田舎の写真館に飾ってありそうな、なんでもない家族の幸せな肖像。
それはまあいい。女性相手はこっちの方が世間的には爛れているだろうし、娘がいる時点でわかりきっている。全く気にならないわけじゃないけれど、割り切ってかんがえられる。
それよりも、だ。
「男相手はいつからです?まさかハイスクールの時興味がなかったってのは男相手にしてたせいですか」
「えー言うのー。楓に言うなよー」
「言いませんよ僕だってまだ淫行罪で捕まりたくないですし」
「あっそ、ならいーや。」
よいしょ、と体を起こして酒を煽る。あけたグラスに適当に酒を入れてやると、それをもう一口舐めてから話し出した。心臓がうるさい。顔色は悪くないだろうか。
気にしながら、自分も同じく酒を含む。さっきまで香り高かったはずのそれは、ただ喉を焼くだけの味気なさ。
柄にもなく、緊張している。なんかもう吐き気がする。
「一番最初はなー、んー」
行きずり?と小首をかしげるのに頭を抱えたくなった。
まあそんなような所だろうと思ってはいたが、そこまであっけらかんと言われると、ショックというよりこの人大丈夫かと心配になる。
呆れている僕に、言い訳がましく言い募る。
「いやほら奥さんいなくなっちゃって?楓もちっちゃかったし母さんに預けてさー、一人でさみしくってさみしくって、飲み歩いてたら誘われたのが最初?かな?多分」
「なんですかそれ!」
おもわず突っ込んだ。多分ってなんだ多分って。そいつなんなんだ、ただのラッキーじゃないか。誰でもいいなら僕でも良かったんだろ、どうして僕と組むまで待ってくれなかったんだ先輩の奥さん!
「んーまあなー。自分でもたまにちょっとどうかなって思うんだよー。で、なんかはまっちゃって?ていうかホラ、奥さん以外とえっちしたくなかったんだけどー突っ込まれるんならいっかなーって思ってー。気持ちよかったしー」
歪んだ貞操観念に相槌もうてない。それは違うと言いたいのに、へらりと笑うオジさんがさみし気に目を落としたのをみて、なんだか何も言えなくなる。
「なんかヒーロー抱きたいみたいな変わった趣味のお偉いさんとかいたしなー。ベンには言えなかったけど前の会社の重役?とかその辺関係。仲良くしてなきゃ俺お払い箱もっと早かっただろーし、ラッキーだよなー。」
さっきまでのシリアスさはどこへやら、ニコニコしながら言ってますがねえオジさん、それ枕営業っていいませんか。
僕はまだルーキーヒーローですけど、まさかそういうの普通なんですか。僕もそのうちそういう方向にってうわあ鳥肌たった。
もしそうなったら父さん母さんごめんなさい、ウロボロスとかほっぽって僕は逃げます。
ヒーローやめます。
青くなったり赤くなったりしている僕をみて、困ったように笑われた。
いや勿論貴方がそういうことしてたのもショックですけど、自分の常識とか貞操とかが心配なんです、僕。
「でもやっぱ、決まった相手のが良かったわ。何されっかわかんねえの結構キツい時あるしー。」
「それは何人ですか」
「お前入れて2人」
「僕その人知ってます?」
「あーうー、秘密」「知ってるんですね誰ですか吐け」
「秘密っていっただけだろー」
つるりと爆弾を吐いたことに気付かず黙秘を貫く先輩に、じゃあ身体に聞きますよと耳元で囁くと嫌がるどころか素直な腕が背中に回る。
「言うまでイかせてなんてやりませんからね」
「おお我慢プレイは久しぶりだなー」
呑気に言うのに嫉妬が腹を焼く。
「ユルユルのビッチな先輩に僕が怒ってないとでも?お仕置きです」
言って細い身体を組み敷くと、しなやな腕が頬を撫でて、笑う声。
「お前になら何だってされてぇよ」
「な、」
ぎゅう、と抱きしめられて身体がくっつく。
きゅんときたろ?と囁かれて、不本意ながらその通りだったので、返事のかわりにキスをした。
むかしがたり