「ホイ次。カリーナ!おいでほらこいこい」

手招かれて、いやいやながら、のポーズだけしたブルーローズが寄って行く。
ベンチに座る彼の前、仁王立ちした彼女は耳が真っ赤でなんだかかわいそうな位悲壮感に満ちている。
普段は着ないような、膝丈の柔らかい素材の黒のワンピース。白のレースで胸下あたりまできれいにかざってあって、その下をリボンですっきり絞った、少女と女性の端境の彼女に嫌みも媚もなく似合うドレスだ。
ノースリーブのデザインで、襟元に巻くはずのファーティペットは、いかついPDAをかくすために、肘下を半分隠すくらいの黒いグローブがはめられた両手にそっと掴まれている。

虎徹はベンチの前においた低い椅子にカリーナを座らせて、さらさらした髪を一度撫でた。

「ん。ちゃんと乾かしたな。えらいぞー」
キッドの奴面倒くさがって半乾きだったからもっかい乾かす羽目になったんだよ。

そう言われているパオリンは、いつもよりふわふわさせた髪を両耳の上だけ編み込んでいつもの髪飾りを差して、やわらかなグリーンの、ふんわりした半袖と白いレースの襟のワンピースを着て、今は隣でネイサンにふわふわとブラシをすべらされてくすぐったがって身をよじってはたしなめられている。

今日はネイサンがヒーローズでレストランに行こうと誘ってくれていた。

接待なんかじゃなくて、たまには楽しく美味しいもの食べないと。

そう言って彼女はドレスコードのあるレストランを手配して、女子とイワンにこれ着てらっしゃい、と衣装まで手渡してにっこり笑ったのだ。
そして大人の男衆には、あんたたちはアタシがうっとりするような服来てきたらおごったげる、そうウインクを飛ばした。

しかしそんな日に限って出動があるもので。
レストランの予約は夜からなので夕方には収録までおえて衣装をおいて置いたジャスティスタワーにもどって来られたのだ。
それでもせっかく綺麗な格好をするのに、ヒーロースーツに着替えて脱げば、メイクはおろか髪だって色気もそっけもない洗い髪になってしまう。
トレーニングルームにとりあえず集まってはみたものの、しょんぼりしていたカリーナといつも通りのパオリンに、見兼ねたネイサンがヘアサロンに行こうかと声をかけると、

「髪切るとか染めるとかじゃなく、結ぶのとかだったら俺がしてやるよ。楓の頭とかしてるし」

ひらひら、虎徹が手を上げた。

それからネイサンにシャワーブースに押し込まれてぴかぴかになってらっしゃいといいにおいの石鹸を借りて、じゅんじゅんに虎徹のところに放り出された。パオリンは髪が先、カリーナは化粧が先。

そうして虎徹はパオリンの短い髪を、ネイサンが秘書に持ってこさせたヘアアイロンでふわふわに巻いてから、器用に編み込みをしてのけた。
魔法みたいな指先に見とれていると、ネイサンが笑いながら言う。

「二人とも楓ちゃんの頭にされるのかとおもってたわ。」

まさか!とわらう虎徹は、ハイ終わりかわいいぞー妖精さんみたいだ!とパオリンの前髪をそうっと撫でてぽんと肩を押した。
わたがしみたいだと鏡を覗き込みながらはしゃぐパオリンに虎徹は自慢げに笑う。

「女の子にとってかわいいってのは大事だからな」
「ありがとタイガー!」
「おおいいこだなー!よしよし!」

その笑顔があんまり優しくて見とれていたら、カリーナは長いからヘアピンが欲しい、という。
カリーナはネイサンに綺麗にしてもらった化粧をくずさないように、それでも慌ててロッカーを引っ掻き回してでてきたピンとワックスを差し出した。

「おっ、あったか!」
「う、うん。あと、ワックスとかも、一応……」
「おっ気が利く。あんがとな」

いいながらさらさらと指が髪を通る。
気持ちいいのと楽しみなのと恥ずかしいのと緊張するのとで、わやくちゃになったカリーナの横に、突然にゅっと虎徹の顔が生えた。

「全部あげる?それとも半分くらいはおろすか?」

カリーナは悲鳴をあげることもできずに、真っ白な頭でやっとやっとにつぶやいた。

「ま、まかせる……」

うーん、とうなりながら髪をさらさらといじられる。くるんとあげてみたり、こめかみあたりからかきあげたりしていた虎徹が、嫌がるパオリンにグロスだけでも塗ろうとしていたネイサンに呼びかけた。

「なあネイサン!あげるかおろすか!」
「んーそうね。ブルーローズの時にセクシー路線だから、どっちにしろかわいらしくしてあげたらいいんじゃない」
「ふんふんかわいくな。うん。よし!」

じゃあおじさんがとびきりかわいくしてやろう、とご機嫌で鏝をカリーナの毛先に巻きつけた。

カリーナは、どきどきはねる心臓を持て余していた。
普段は無骨なばかりの指先が髪をそうっとすくったり引っ張ったり。アイロンを当てる時やピンをさす時にも熱かったりいたかったりしないか?と逐一聞きながら進めてくれる。

優しい。嬉しい。

そうしてほいできた!といって鏡を渡してくれる顔に、ぎゅっと心臓を掴まれる。嬉しそうに眩しそうに笑う、顔。
真っ赤になって鏡を覗いたカリーナと、どれどれとこちらを振り返ったネイサンとパオリンはふわあと歓声をあげた。

栗色の柔らかい髪を後頭部の左寄りにまとめて、ふんわりと花のように丸めてある。綺麗に編み目をだした編み込みがカチューシャのようにトップを飾っていて、わけ目を極端にずらしてふんわりさせた前髪はかるくひねって毛先を隠してある。顔の印象ががらりとかわって、普段はきりりとしているカリーナは少女らしく可憐な印象がが強くなる。

「すっごいかわいい!すごいきれい!」
「もータイガーあんた本当に器用ねぇ。美容師にでもなれば?」

わあわあと盛り上がるのに、満更でもなくわらう虎徹が、これでいい?と訪ねてくる。鏡ごしに自慢げで、どこかいつもより男くさい笑みに見とれていたカリーナと目があって、ちょっとびっくり顏になってから優しく笑った。

「そんなかわいい顔すんな、気に入ってくれてよかったよ!」


真っ赤になったカリーナは、男性陣の待つリフレッシュコーナーに逃げ出した。
めずらしく襟のあるシャツを着たアントニオと、ブリティッシュスーツがかちりとはまったキースに褒められ、洒落た紫のアスコットタイにジャケットをきたイワンの襟を直してやりながらネイサンのセンスの間違いの無さにため息をつく。
顔が割れないようにといつものダブルのスーツを諦めて髪を括り、紺のブレザーを着たバーナビーを学生のようだとみんなで笑っていると、パオリンが混ぜてとかけてきた。

まるで春とか花の妖精みたいなパオリンとカリーナに、ほうっと息をついていると、ネイサンの声に皆が出入口を振り返る。

ゴージャス、としかいいようのないイブニングドレスは彼女のガタイをもってしてもなお優雅で、気圧された。
その横にふと目を滑らせると、細身のブラックスーツにチャコールグレイのカットソーから白のインナーをわずかに覗かせて、ペパーミントグリーンのスカーフをだらりと下げて髪を後ろに撫でつけた男が、きりりと彼女をエスコートしていた。

え。これ誰。

皆してかたまっていると、いたずらっぽい金色の目がウインクして、とたんふにゃりと空気が溶ける。

「タイガー、かあっこいい!ネイサンはほんとにきれいだね!」

パオリンが心からそう叫ぶと、呑まれていたヒーローズも騒ぎ出す。

なにあれ反則、かっこよすぎ!

かっかと火照る頬のおかげで、まともに顔をあげられないままのカリーナは、ふと甘い匂いがして顔をあげた。

「ワックスちっともらった。ありがとな」

覗き込むようにしてカリーナにピンクのポットを落としてきた虎徹に、混乱した頭のままカリーナは、ホストみたい!と言い放つ。
一拍置いて全員から確かに!と同意の声が上がって、えええとしょげる虎徹に皆が笑って、カリーナも笑った。





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