※パラレルパロディ私しか楽しくないのは仕様です
※シッタカブッダなので詳しい方や本職の方がみたら鼻で笑ってください
※そして信じないでください
※カップリング要素が迷子
※嫌いな方はバックオーライ








真っ白な舞台に、ぽつんと黒が浮いた。
白く美しい、妖精か亡霊めいた娘達の中に突如現れる、黒衣。

ぞろりと長い布を捌いて、足裏がひたりと床を踏む。
すらりと伸びた背からばさりと翼が生えたような錯覚。そうみせたのはローブの袖が肩に寄るほど高くひろげられた腕だ。
肩、肘、手首、そして指先。
なめらかなムーブメントが伝わるのは関節だけではない。
直線でしか存在できないはずの上腕と肘下。それさえもがしなやかにたわむかのような、完璧なコントロールに目が吸い寄せられる。
スポットライトが無くとも、被服が光を跳ね返さずとも、彼一人だけが輝く様に際立つのに、誰となく息を呑む気配。

それに呼応したように、完璧に美しい腕がふわりと空を抱いた。
伏せられた視線がかちりとあがる。
仮面を貼り付けてなお完璧な美貌に、僅かに覗いた瞳が苛烈にひかった。
闇を切り抜いたような髪となめし革のような艶立つ肌。
さやさやとやわらかな音をならして波のように群舞が去って、広い舞台でひとつきりになる。
そうして。
柔らかな印象から一変して、鞭のように鋼のように、纏ったローブを落として切り裂くように体を振るった。
しなやかな跳躍をみせては、やわらかな背筋を美しくたわめてため息を誘う。
そして何気ない風に、けれど優雅に、ゆったり回って足をおいた。
次の回転は足先こそ下ろせ、ほとんど間をおかない。
そしてくるりくるり、フレーズごとに一回転ずつ、連続数を増やしたピルエットが続く。
シングルが四回、ダブルが三度、トリプルの連続にひとつシングルを挟んでまた回る。
増えていく数とともに、水鳥にも似た優雅なイメージが、しなやかに獰猛な鷲に成り代わる。
ついに五回転を一度にまわるころになると、ひう、と風を切る音が聴こえそうなほどに鋭い。
そしてその通り確かに舞台を切り裂いて行くそれは、一巻きするごとにより精密さに磨きがかかる刃のようで見ている方の息を詰まらせていった。
だんだんと狂気じみて行く様は、観客を息苦しく酔わせて惹きつける。
静かに、物悲しげに始まったはずのメロディも、重い低音と小刻みな不協和音で何時の間にやらどしりと重い葬送曲のようだ。
そして不意に足が止まり、音が消える。その、誰もが息を詰める間。
クアドラブル、トリプル、ダブル。
水を打ったような静けさの中、彼の足音と呼吸だけが響いて回数は減って行く。けれども狂気は加速して、先ほどまでの優雅なそれとは違って、力あるものが他を睥睨して見せるような、力ある振る舞いだ。
そして最後にことさらゆっくりと、長い足が引き上げられた。
ぴたり、静止してみせる。
そうしてなにも反動なく、永遠にも思えるような速度で一回転だけ、完璧に美しく回って。
突如鳴り響く音と共に照明が落ちた。

誰一人息をしていないかのような静けさのあと、雷鳴のように拍手と歓声が鳴り響いてホールを襲った。



「バレエ界の奇跡」だの「極東の黒真珠」だの、仰々しい名前で呼ばれるのが、虎徹はあまり好きではない。

なにせそもそもきっかけは母親が好きで無理矢理突っ込まれた田舎のバレエ教室だ。しかも自分以外みんな女の子。
あまりの居心地の悪さに、運動神経と兄のいる弟故の観察眼と要領のよさ(前の子が先生に注意されていることは自分もしないだとか、褒められているところは何気なく自分も真似をするだとかだ)にものを言わせて、言われたことはさっさとできるようになってとっとと帰っていた。
そしたらほんの一月でクラスで身につけるべきテクニックをさらい終わってしまったのだ。
それからすぐに先生が家に電話して、あれよあれよと言う間にシュテルンビルドの教室に移籍が決まった。

そんなに真剣にやらなきゃよかったと思いながら精々神妙な顔をしてみせて金がかかるからやめようと言うと、母親はにんまり笑った。
特待生だから心配しないでとっととおいき、と。試験は?と首を傾げると、こないだ違うとこにお稽古行ったでしょ、あれテストだったのよ、ところころ笑う。
畜生知ってれば!と吼えるのに、ほら言わなくてよかった、あんたやりたがらないで手抜くでしょう、とにやにや笑いを一層深くした。


まあそんな母親のお陰で頭の出来はあんまりだった自分が食うにも困らず仕事なんだか趣味なんだかわからないような職に着けている。
しかも男のバレエダンサーは女性にくらべて圧倒的に少ないもので、そこに確かな技術とキャリアとついでに身長、それからはえぬきに美しい女性ダンサーに並んでもなんとかぶち壊しにしない程度の見目(だと虎徹は自分では思っている)があれば仕事は多少選り好みできる位にはやってくるのだ。
きっかけこそ無理矢理だったけれど、なんだかんだ踊るのは好きだしステージは楽しいから、今では母親に感謝もしているんだけれど。

「うーんでもやーっぱタイツ王子はやーだなあ……」

ジークフリート(ワイルドタイガー)

そう、でかでかと刷られたプログラムをつまんで、眉を寄せた。


白鳥の湖。
知らない人を探す方が大変な位有名なプログラム。
魔法で白鳥にされた美しい姫と王子が恋をして、けれど王子がうっかり魔法使いにはめられて、オデット姫に見せかけた魔法使いの娘のオディールちゃんにたぶらかされて。
そして結局白鳥のお姫様と王子様は絶望してふたりの愛のために身投げする。

「うーん近松門左衛門。もしくは昼メロ。ないしペヨン様」

ぼそっと呟く。
まあ勿論音楽や舞台演出や、そしてダンサーの妙技が合わさればそりゃもう高尚かつ麗しい夢物語のような舞台になるのだ。それでもあらすじだけ見れば、悲恋系の重たいありがちなラブロマンスだ。
虎徹は思う。おいヘタレダメ王子しっかりしろよ。って俺これやんのか。ワァーオ「タイガー!会見はじまるからいらっしゃいっていうか時間になったら袖に来なさい!」
「アニエス、俺の許可を待ってくれないのは知ってるけどお願いせめてノックはしてよう」

バターン!と音高く扉が開けられて素晴らしく良く響く声。いつもの三割増につり上がった眉とアイメイクの、
アポロンメディアのプロモーター、アニエスが楽屋に襲来した。
高い、華奢なヒールをものともせずに大股で踏み込み、虎徹の襟首を引っ掴んで引きずり出す。
大きくあいたシャツの襟から覗く見事な峡谷を形成する造形物が二の腕に当たった。そしたら抵抗していた身体からふにゃんと力が抜けた。最低というなかれ、男ならみんなそんなもんだ。

「ハイほらはやくくる!」

ずるりと引きずり出されて廊下に出されてしまえばもう抗えない。それでも。

「ヤダよー王子様ヤダよー白もっこりタイツはきたくなあいークラシックの女の子こわいしいいいい」

めえめえと弱音を吐く虎の皮を被った子羊に、女豹が鋭い牙をむいた。

「好い加減にあきらめなさいな舞台の壊し屋ワイルドタイガー。
ほんとに毎回背景は破くわ照明蹴たおすわ……
高い小道具やら衣装を公演半ばにダメにするとかいくらしたとおもってんのいくら消耗品だからって限度あんのよ全く。
これでチケット売れないダンサーだったらあんたなんか天下の往来に全裸でふんじばって転がしてるわよ」

舞台装置は高い。ライトなんて学生が使うようなランクのだって1000シュテルンドルはくだらない。
背景だって美術スタッフの人件費を考えたら相当な高級品だ。
衣装やなんかも消耗品ではあるけれど、やはりプロの舞台でチケットは最低でも100シュテルンドル前後、舞台前の真ん中だとかボックスなんかはひどいと貧乏学生の一月の家賃位にはなっても見にくる客だ、中途半端な衣装では夢の世界を壊しかねない。
だからそれなりに値が張るそれはみんな舞台以外では気をつけて着る。まあ舞台で汚れる分にはいいのだ、織り込み済みだし仕方が無い。
それに大体修理でなんとかなるのだ。
けれど虎徹はうっかり裾をひっかけたり汚したりする。リカバーが効かない位、盛大に。

「『白鳥』なんてただでさえ売れるのに、その上こういうのやりたがらないワイルドタイガーが出るってんだからもう成功は当然、制作発表前だってのにもう内々に追加公演も決まってるわよ。記者もたんまりだしネットやなんかの噂レベルですらもうファンの期待はすごいものよ。
精々あんたが壊した分しっかり稼いで頂戴!」
「うえええベンさんのとこ帰るうううう」

それでも責めず、拳骨一発のあとは各所に頭を下げてくれていた優しい元所属カンパニーのキッズコーチ兼オーナーをべそべそ呼んだ。
元ダンサーとは思えないでっぷりした体型は、彼の家族の遺伝だそうだけれど絶対ただの食べ過ぎもあると虎徹は思う。
それでも陽気な語り口と的確なアドバイス、そして人好きする笑顔は教えている子どもたちや元生徒であるダンサー達から慕われている。やはり体型でショウダンサーとしての活躍はあまり目立たなかったけれど、その陽気でコミカルな性質は暗く重たくなりがちなダンサー同士の関係を円滑にしてくれたし、成功者でないが故にスランプに落ちた時の励ましは心に響く。
だから虎徹やカンパニーのダンサー達はみんな、ベン・ジャクソンが大好きだったし先達として尊敬していたし、そんな小さいカンパニーを愛していた。
けれどもやっぱり芸術にはパトロンが必要で、経営が厳しくなって公演を打てなくなったカンパニーはスクールやカルチャーセンターに主軸を置くことに決め、ダンサー達は教師を望むもの達以外は契約を切った。
そして、教師にするにはまだ惜しい、お前は舞台に立っていろ、とベンは手塩にかけた虎徹も他所に出した。

「ダメよーあんたはうちのダンサーになったんだから。ねえミスタ・ロイズ」

アポロンメディアは超のつく優良企業で、芸術活動の振興にも多額の予算を割いている。アルテミスホールと名付けられたそれは伝統ある劇場と並んで最高峰のステージが日夜繰り広げられているのだ。
そういうところには大体、その劇場をホームにしているカンパニー、つまり子飼いの団体があるもので。
要するに虎徹は、アポロンメディアに雇われているダンサーなのである。

「ほらいくよ、虎徹くん」

ダンサーなのに芸能人のような売り方もするのはマスメディアを扱う企業ならではで、虎徹には専属のマネージャーがつけられた。それがロイズだ。
彼はアポロンメディアのタレント達のマネージャーを歴任してきた。
こうした舞台公演の段取りやいわゆるマスメディアへの対応とをこなせる数少ない経験を持った彼が、鳴り物入りでやってきた芸名ワイルドタイガー本名鏑木虎徹の担当になってはや三ヶ月、すっかり粗忽で世話の焼ける自分の預かるダンサーに胃を痛めさせられる日々を送っているのであった。

「ロイズさんいたならアニエス止めて下さいよ」
「うーん僕踊ってる時のワイルドタイガーは心底ファンなんだけどねえ。鏑木虎徹には手を焼かされるばっかりだからまあいいかなと思って。ほら時間だよ」
「ひどい!」

ざっくりと切られてほら行きなさいと手を振られた。

短い廊下の出口はすぐそこで、そこから舞台の制作発表に集まった記者が山ほど見えた。

出てったら王子様確定か、と深い深い深い、身体がしぼむほどのため息をついてから、腹を括って。
「ワイルドタイガー」は王者のように堂々と、先ほどまでの猫背すり足とは打って変わった身ぶるまいで、シャッターの渦に身を晒した。





スタアと憂鬱





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