毎日毎日、うだるように暑いシュテルンビルド。
ビルと道路の輻射熱で外気温がひどい都会に耐えきれなくなった三人は、休暇を丸々オリエンタルタウンで過ごしていた。

「おとーさん大変大変!きょうきんぴらさんだ!」
「なんだってそりゃ大変だ」

暑いといえども、草木と土が近くにあオリエンタルタウンでは吹く風は涼しい。
縁側でゴロゴロしていた虎徹と、奥のリビングでノートパソコンを広げていたバーナビーのところに、楓の声が飛び込んだ。
走ってきたのだろう、かぶりっぱなしの麦わら帽子の下の顔と首筋に汗の玉がつうっと伝って夏の子どもの見本みたいなのにバーナビーが冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出してグラスに注ぐ。
その間に、縁側でねそべっていた虎徹が俊敏な仕草で起き上がった。
楓に麦茶を差し出すバーナビーにのしのしと寄ってきて、ひょいと腕をとる。

「なにすんですか」

バーナビーの胡乱げな目線に構わず、虎徹は手を水平に伸ばさせて背中に寄り添う。

「おとーさんとバニーちゃんのタイタニックやー!」
「ぶっは楓なにそれ」
「おとーさん知らないの?今流行ってんだよ」

背中にひっついたままの虎徹と楓がタイタニックやー!と笑うのに、もうなんなんですか!とバーナビーが本気で色々と話についていけなくて声を荒げた。

「ん、よし俺のでいいな!そうだ楓ばーちゃんに夕飯いらないって言ってこい!」
「了解!」
「パパ浴衣出してくっから!楓は?」
「かぷかぷにひらひら!」
「よしきた任せろー!」

二人でもはや暗号めいたやりとりを軽快にして、楓は身軽に、朝から出掛けている安寿の元へかけて行った。地域対抗お達者ゲートボール大会が開催されているのは2ブロック先の公園で、楓の足なら往復20分もかからないだろう。

「だからなんなんですか」
「おーバニーおまえきんぴらさんしらねーのおっくれてるう」
「知りませんけど」
「うわ開き直ったかわいくねぇー」

納戸に向かう虎徹について行く道すがら、シャインのフェスティバルなのだとかんたんに言われる。

「まーなんかシャインだのフェスティバルだのってーと俺らにはなんか笑えちゃうんだよな。要は神社のお祭りだ、お祭り。言ってみ?」
「オマツリ……ですか」

たどたどしい発音に笑って頷く。

「そーそー。で、うちでの神社の通称がきんぴらさんなわけ!」
「きんぴら、って一昨日安寿さんが作ってくださった料理と関係あります?」
「あーうん、あるみたいね。よくしらねぇけど。あ、あとでもほんとは神社の名前はこんぴらさんな。
でも漢字を俺がチビの頃読み間違って、そんでそれがみんなしてバカ受けしたからきんぴらさん!」

からりとわらった虎徹が、浴衣着たことないよな?と納戸のたんすをあけながら言うのに、浴衣ってなんです?とバーナビーはこの10分あたりで何回目かわからなくなってきた首を傾げた。


「んーやっぱりイケメンはなにきてもはまるのなーうーん腹立つ」
「バニーちゃんかっこいいねー!」

虎徹がさっき腕をいじくっていたのはサイズを見るためだったらしい。
今はそんなにこだわらないけど、袖があんまり足りないのはかっこ悪いんだと言いながら、着付ける手さばきは慣れたものだった。
濃紺に布の織り目が綺麗に出たリネンの浴衣と黒の帯は、バーナビーの白い首をぱきりと映えさせる。
変装も兼ねて眼鏡を外して、後ろ髮をちょうど鼻の真後ろの高さに楓チョイスのとんぼ玉のついたゴムで括った。

一方虎徹は錆色に細い白のストライプが縦に無数に入った浴衣に、黒に近い紺の帯を締めている。
しゃんとした背筋と、細身でも貧相でない体が綺麗に映える。
そしてなによりその衣装のルーツの人間が着こなした時の独特の馴染んだ気配。
そうしてこちらも楓セレクトの黒に一房銀の混じった髪紐でうなじあたりで髮をまとめている。
灼けてしなやかな首筋がすっきり見えて夏の夜めいて涼しげだ。

全く、ふたりならべて観光ガイドにと渇望されかねないような見た目だった。

素直な賛辞にお礼をしてから、バーナビーは心から言った。

「楓ちゃんはすごくかわいいね!」
「ありがと!ね、ほら、かぷかぷの」

くるん、と回ると兵児帯が揺れる。

「ひらひら、でしょ!」

薄い水色と緑の境の様な地に、赤いのと金色のと、時々黒の金魚が白い気泡をあげる柄の浴衣に、朱色の兵児帯。
手先の器用な虎徹がかわいい娘に蝶結び一つで終わらせるわけもなく、ふわふわと手毬菊のように帯が揺れる。
髪もきれいに結い上げて、高めの位置にふたつわけにしたお団子頭に、金魚のピンをひとつ。

そうしてはにかんで笑うのに虎徹が悶えた。

「あーもーかわいー!」
「楓ちゃんこっちむいて」

いつの間にか携帯電話を構えて楓に声を掛けたバーナビーに、楓が恥ずかしそうなままくるんと向きなおった。

「あっずるいーバニーばっか!俺も撮るー!」

虎徹もばたばたと端末を取りに茶の間へ戻る。
楓とバーナビーだけになって、ぱしりと一枚撮らせてもらってから二人で虎徹を待った。

「楓ちゃんのユカタ、かぷかぷってこれだよね?」

言って、バーナビーが金魚が口からぷかりとはきだしている空気の泡を指すと、半分当たりと笑われた。

「この金魚ね、名前がついてるんだよ」

これはきんきらで、こっちはくろでめちゃんで、そっちがももじろうくん。
袖や裾を指差しながら言う。
素直な名付け。小さかった楓がせっせと頭を悩ませていたのが見えるようでバーナビーは微笑んだ。

「ママが買ってくれたんだけど、ちっちゃかったわたしには大きかったの。
それでも私、一目で気に入っちゃって、買ってもらって。
着られないけど眺めて、それでね。
名前つけてたの。」

確かに、今の楓にちょうどのユカタは友恵がいた頃の楓には大きすぎただろう。
着なくともそうして楽しめるというのはすごいなとバーナビーはおもう。
一枚の布に大きな模様が散って嫌味でない。不思議なもので洋服になればくどいだろうデザインなのに、簡単な形とあいまって綺麗だ。

「そしたらママもちっちゃい頃、浴衣の金魚に名前つけてたんだって!」
でね、この子は特にママのにいた子とそっくりだから、名前はかぷかぷでお揃いなの。二人で決めた。

とん、と金色のすんなりした魚を指で抑える。
だからこの浴衣はかぷかぷなんだよ、と笑う。

「でももうちょっと背が伸びたら着られなくなっちゃうかなあ」
「そしたら友恵ちゃんの着ればいい」

何時の間にか戻ってきた虎徹が、髮を崩さないようにそうっと後ろから肩を抱いた。
うひゃっと声をあげた楓を抱き締めながら、うっ楓似合うんだろうなーきれいなお姉さんになりすぎてパパ泣いちゃうかも!と騒ぐ。

「ママの浴衣!あれがいい、紫陽花の白いの!」

まとわりつく虎徹から逃げ出した楓がそれでもどこか嬉しそうに言う。バーナビーはじゃれあう二人に端末をむけてから静かにムービー撮影ボタンを押した。
えっ写真撮られた!と騒ぐ二人に笑う。
残念、動画です。しかもまだ撮ってるよ。
バーナビーに飛びついて停めようとする楓に、消すまえに見せろと腕を伸ばしながら虎徹が口を尖らせた。

「えーパパ楓に赤のしましま着て欲しーい!紫陽花のはもっとお姉さんになっても着れるからー!」
ママが楓のママになる前にきてたやつだぞかわいいぞー!それ着てパパとデートして!

でれでれにやにやしながらウキウキ話す虎徹にひょいとキッズサービスのまるっこい端末が差し出された。

「パパーバニーちゃんと撮ってー」
「えっ楓パパの話聞いてた?あとねえパパとは撮っといてくんないの!?」

ぴいぴいわめく虎徹にバーナビーはにやりと笑って、楓を小さかった頃みたいに一気に抱き上げてから腕に座らせた。

「ほらはやく撮って下さいよ」

けらけら笑う楓と、歯をむき出しててめえ覚えてろとうなった虎徹と、優越感たっぷりに微笑んで見せたバーナビーとを、りろんと軽い音が黙らせた。
振り返ると、虎徹が出しっ放しにしていた端末をこちらに構えた安寿が呆れたように笑っていた。

「あんた達、仲いいのは結構だけど、もうきんぴらさんはじまってたわよ!」





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