手をつなぎたいというと恥ずかしがる癖に、体をつなげるのは造作もなく受け入れる。
明るいところで抱かれるのは平気なくせに、人前でキスをするのはいやがる。

そんな虎徹にバーナビーは眉を寄せて、そこまであからさまに商売女のような間違った恥じらいをされるといっそ滑稽だとおもって実際そう言ってやったらこれだ。
めそめそめそめそ、湿っぽいったらない。泣きたいのはこっちだと吐き捨てると、今日は帰ると肩を落として出て行った。

最近はそんなに忙しくもなく、毎晩どちらかの家でゆっくり過ごしていたからこその衝突だった。だから、バーナビーは惜しいと思いながらも常よりも余裕を持って構えていた。

スケジュールがつまり過ぎてはたりと会えていなかった一ヶ月前だったらきっと、バーナビーはしょんぼりと肩落とす虎徹に詫びて腰をだいてキスをして、せっせとご機嫌をとるなり飛び出していったのを追いかけて抱きとめて、まあどちらにしろ濃厚に愛を囁いてセックスに持ち込んでいただろう。喧嘩もしばらくのタイムアウトも、いわゆる恋愛のスパイスだ。
思ってバーナビーはひんやり冷えた腹の底をごまかすように、黒いリクライニングチェアに体をあずけて酒を含んだ。

虎徹が残して行った焼酎は溶け出した氷をもってしても独特の香気とカッと喉を焼く酩酊感を損なわずにいる。
クセのない酒を好むバーナビーには少々飲みにくい酒。
けれどもなんとなく、それを流しに捨てる気はなれなかった。

しばらく酒を含んではゆっくりと飲み下し含んでは飲み下ししながらぼうっとしていた。あとで電話してみよう、そう思いながらあちらからかかってこないかと何度も携帯とPDAを触ってしまう。ひどい言い草をしたのは自分だけれど、相手にも落ち度は十二分にある、そう言い訳めいて考えながら目が滑るばかりの経済誌をめくっている。今月好調なのは現KOHである自分と、そのパートナーとして4位と高順位に付けたワイルドタイガーを擁するアポロンメディアは当然として、手堅い経営手腕と華やかな企業アピールが目立つヘリペリデスファイナンスの特集だった。
金融系でありながらお固いイメージを払拭するようなユニークなヒーローを起用し、企業戦略の幅を上手く拡げた。下手に多国籍なエスニックスタイルでなく、徹底的にジャポネスクにこだわって見せることで目新しさを打ち出すとは恐れ入ると、評論家が語る。
でもおじさんの方がずっと昔から日本人だと子供染みて理屈の通らない不満を思った自分に、少し酔っているなと頭の中の冷静な自分が囁いた。

と、エントランスのセキュリティが来客を告げる。虎徹にはカードキーを既に渡してあるから戻ってきたわけではないのだと少し、いやかなり落胆した自分を情けなく思いながらもインタフォンの画面データを呼び出すと、見慣れた大きな体がのっしりと映っていた。

「バイソンさん、うち知ってましたっけ」
「虎徹に聞いた。あげてもらっていいか」

仏頂面に仏頂面ではいと応えてロックを解除する。どうせまたあの人が泣きついたんだろう。
果たして。

「なあおいお前虎徹しょげてたぞ」
「知りませんよなんでバイソンさんから虎徹さんのこと聞かなきゃいけないんですか馬に、失礼牛に蹴られますよ。
あと虎徹さんのこと呼び捨てにしないで下さい僕のです」

キリキリと青筋を立てて不機嫌なバーナビーに、それでも辛抱づよくアントニオは粘ってやる。
こいつは子供だ。ようよう初恋を知った位の中坊と大差のない思考回路なのだとわかってしまえば腹も立たない。腐れ縁の親友ともども、全くもって手がかかるとため息ひとつで流してやれる。

「ていうかお前酒臭いぞ。水のめ水」
「知りませんよ僕は飲んじゃいけないんですか。いつ決めたんですかそんなの。
顔出しヒーローだって酒位のみますよ」
「お前意外とめんどくせぇなバーナビー」

ひょいと手の中のグラスを奪ってひとなめすると、きゃんきゃん噛み付いてきた。
曰く、僕と虎徹さんのだなんでお前が。
ああ違った訂正だ、こいつの面倒臭さはあれだ。ジュニアハイのクラスメイトの女子みたいな感じ。

悟ってアントニオはハイハイ悪かったと素直に謝ってグラスを返して頭を撫でてやる。

「お前これ焼酎じゃねぇの。あんまのまねぇだろこういうの。やられるぞ」
「へいきれふ」

呂律がまわってないじゃないかと顔を見ると真っ赤だ。グラスに目を落とすとさっきまで溶けかけの氷も含めてグラス半分は残っていたはずの液体が綺麗さっぱり消えていた。

「バカお前呷ったのか」
「らってこてつしゃんとかんせつきすらったのにばいそんさんがのもうとしるかりゃ」
「ああはいはい悪かった悪かったけどお前べろんべろんじゃねえかよほら言わんこっちゃねえ」

世話を焼こうと伸びた手を、首をふらふらさせながらもとろんと染まった目尻がついと睨んだ。

「さわらないでください」

毛を逆立てる子猫のような拒絶に、アントニオは眉を下げた。

「バーナビー。分別をもてお前は。子供か」

「営業」の後でもなく、あんなにしおれた虎徹を見たのは初めてだった。

どうしよう俺バニーに嫌われちゃった。
あんまり遊んでるからやだって言われた。そりゃ遊んだけど。
ほんとだけどでも俺バニーに嫌われちゃった。どうしようアントン。俺心臓つぶれそう。

そう言って玄関先で靴も脱がずに(大体靴で生活している他人の家にわざわざ自分用の部屋ばきまで置かせているのだこの傍若無人大魔王は!)ほろほろ泣き出した虎徹は今ネイサンにどやされて叱りつけられてからでろでろに甘やかされている。

なあおい若造。
お前に俺の親友持っていかせるんだから精々大事にしやがれ、泣かせてんじゃねぇよ。ガキが。

「わかってますよ」

唐突にはっきりとした言葉でバーナビーが言い放った。

「虎徹さんがどんなにビッチだろうがゆるゆるの貞操観念の持ち主だろうが僕は虎徹さんがいいんです、僕が虎徹さんを好きなんです」

それでも、と軽く息を吐いて言う。

「それでも僕ばっかり好きみたいでたまにばかばかしくなるんです、だから」

僕のいじわるで泣いてくれるくらいには僕のこと気にしてるって確認したいんです。
ただの子どもなんですよ、僕ばっかり。

いって自嘲するように笑った。

ばかだなあと思う。わかっているならちゃんと言えばいいのに。
くしゃくしゃと金髪を混ぜてから虎徹は預かってるから悔しかったら迎えに来いと焚き付けてやろうかと思ったら、バーナビーの真っ赤な端末がびりびり鳴いて、早く来ないと頭から頂くぞとネイサンがスクリーン通信をonにして艶然と笑った。
泣き疲れたのだろう、彼女の膝に埋れた虎徹をご丁寧に見切れさせて。

妙に機敏な動作でマンションを飛び出したハンサムを見送ってから、アントニオはグラスの露で濡れたサイドデスクを軽く拭ってやってから、オートロックの扉からそっと抜け出した。




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