真っ白いカーテンが揺れずに下がる窓。
心底残念そうな顔でせめてレースの薄いカーテンだったらいいのに、とつぶやいた彼女は今、同じく真っ白いシーツと真っ白い上掛けと真っ白い枕に長い黒髪を散らして、まっしろな頬で眠っている。
レースのカーテン位買ってこようかと言ったら、すぐ帰るんだからもったいないでしょうと叱りつけた声が、少し前より張りがなくて虎徹は悲しかった。それでも今から思えばその頃はまだ良かったのだと、そう思いながら眠る彼女の手をとった。

日がな一日点滴につながれて、やわらかな白い両腕の内側にはインクを垂らしてにじませたような痣がくっきりと残ってしまった。
触ってみてもそんなに痛くはないのだけど、うっかりぶつけるとびっくりするほど痛いのよ!と笑う。
懇々と眠っているのにひやりと冷たい指先。少しでも温まりはしないかと両手で包む。手首に巻きついた測定機が肘にするりと滑って行った。静かに彼女の脈動と血圧と、それから諸々彼女を巡る情報を告げるモニター。それは今、彼女にとってはオールブルーを示して静かだ。
白く、つるりとしたそれはPDAにそっくりで、楓がこれなあにと聞いた時に笑った。

ほらみて、ママとパパと、ブレスレットが色違い。楓ちゃんのリボンとママのブレスレットは色がお揃いね。

膝の上に楓を乗せて、二人がゆらゆらと揺れながら笑い合う様はどんなにか良いものだったのかと、虎徹は思ってそっと彼女の指を撫でた。

ほっそりとしていた指は薬で浮腫んでしまって、指輪が出来ないと彼女は枕からあがらない顔をかなしそうに歪めた。それならと綺麗に光る鎖を買ってきて、そこに指輪と楓の葉の形の飾りを下げたのを贈ると、曇った顔がほころんだ。楓がうらやましがるのに、元気になって指輪をはめられたら、楓とネックレスはシェアするのだと嬉しそうに二人で笑っていた。
今その鎖は眠る彼女の浮き出た鎖骨を飾っている。

そうっと、髪を撫でる。
さらさらした感触は、細くなってしまった髪の分頼りない。けれど十分に長いそれは、看護師達に手間をかけると言って切ろうとする彼女を楓と二人して猛反対して勝ち取ったわがままだ。

ふ、と目があく。
濃いブラウンの瞳がゆっくりと動いて、明るいブラウンのそれをつかまえる。
「おはよ、友恵ちゃん」
はく、と口を開いた彼女の喉からは、ひゅうとほそく息が逃げる。それに苦笑してみせてから、友恵は握られていた手をゆっくり握り返した。
「ねえ虎徹くん、今何時?」
「9時47分。夜の。」
おはようじゃないじゃない。おかえり虎徹くん。
細く乾いた声がそれでもやわらかくほどけた音でいうのに、低められても良く通る声が笑いを含んでただいまを言う。
「楓ちゃんはおうち?」
「うん、今日母ちゃん来てっから。よく寝てたぜ。」
いいながら携帯電話のフォルダを見せてやる。と、手が伸びて来てそっと端末を奪っていった。かわいい、とため息の様に滑りでた声が優しい。
本当になあ、とおなじくとろけたような声音で笑いあって、しばらく彼女の指が静かに画面をなぞっているのを寄り添って眺めた。やわらかな頬のラインを丁寧に丁寧に、慈しむ様に辿ってから、とん、と細い腕が傍らを叩いて呼ぶのに素直に頷いた。

ベッドサイドにおいた椅子に羽織って来たブルゾンを掛けてから、彼女のいる白いベッドに腰掛ける。それからシューズとついでにソックスを片足ずつ脱いで、点滴のチューブや器具のコードを引っ掛けない様に上掛けの中に滑り込む。冷たい足先に素足をひたりとつけると、くすくす笑いが湯たんぽみたいねと囁いた。
薬のにおいの病室でも、二人してくっついてしまえば居心地は悪くない。
横向きに向かい合って、そうっと腕を差し込んで枕にするのに子どものようにくふふと笑って頬をすりつける友恵に、虎徹はふわふわ湧き出る思いのままに白い額にキスをした。
そのまま抱き寄せて目を合わせる。
「あのね、こてつくん」
やわらかい息のまま言うのに目で促す。
「夢の中でね、わたし、飛んでたの」
「スカイハイみてえ」
今シーズンからデビューしたルーキーを思い出す。リンゴみたいに頬を染めて、いつでも余裕なんかない全力で食らいついてくる彼は、友恵のお気に入りだ。
あの子はきっといいヒーローになるわよ?と笑うのに、俺は?と拗ねた虎徹にキスをひとつしてから虎徹くんは私のKOHよとからかうように笑われた。それだけで嬉しい、それなのにまだ足りない。彼女に関しては人一倍欲が深くなる自分を虎徹はよく知っている。
「ふふ、ちがうの。宇宙よ、わたしって宇宙飛行士だったみたい。それでね、虎徹くんがおうちの畑をしてるのをロケットの中から見てるのよ。おかあさんと、楓ちゃんと三人でおんなじ顔して笑ってるの」
優しい目のままで、虎徹の浅黒い手首をつかまえて、ふんふんとかぐ。
くすぐったいまま、彼女の腕をそっととる。日向と、一緒のソープを使っているはずなのにどこか甘い花のかおりがしたはずの腕は、今はすっかり消毒薬のにおい。それでも彼女自身の気配にも似たかおりは変わらなくて、虎徹は深く深く息をする。細胞にこのにおいが染みつけばいいのにと思いながら。
「わたしね、ひとりぼっちで飛んでるんだけど、さみしくないの。だって虎徹くんと楓ちゃんが手を振ってくれて、わたしは虎徹くんのにおいを憶えてる。ラジオがあってね、たまに楓ちゃんのおうただとか、ワイルドタイガーが壊し屋さんしてるヒーローTVだとかが聞こえるの。だからね、真っ暗で、星だけがわんわん光るそこでも、怖くなんかないのよ」
そう言って笑う。
「だからね虎徹くん。わたしはだいじょうぶ」



ぱちんと目があいた。
隣で楓が静かに寝息をたてている。
ぼんやりする頭のまま、虎徹は枕元の端末を光らせた。夜中にかかるかどうかの時間、疲れ切っていたはずなのに不意に眠りから覚めてしまった脳はくるくると動き出す。
実家の布団はやわらかく日向のにおいで、いつものベッドよりも背中の感触は硬いけれども寝にくさはない。
うーん変な夢見たなあ楓がねてるから静かにしてやらなきゃ、と端末をそっと閉じて反対側を覗く。
ああそうだ友恵は病院だ、明日楓と二人で、そこまで思ったところで喉が詰まった。
どうして楓と二人でいるのか。
友恵。
友恵は。もう。
「……ともえちゃん」
楓を抱いていた反対の腕で顔を押さえたけれど間に合わなかった。ぼとぼと涙が頬にあごにつたって枕を濡らした。
指を組ませて紅を刷いて髪をすいて花を贈って。つめたいつめたい額と額をあわせた時も口付けたときも、飛び立つ一筋の煙を送ったってこぼれなかったそれ。
もう、泣けないと思っていたのに。
楓を抱き締めて、さあお別れだと笑ったときにつぶれるように真っ黒だった心はもう人間らしさをとって捨てたと、そう。

となりから静かに声がした。
必死に声を取り繕っていると、子どものあたたかな体温がひたりとくっついてくる。湿っていない方の腕で撫でると動物の子のようにすりついてきた。
「あのねえ、ママがねえ。」
半分閉じかけた目で、むにゃむにゃ言うのに寝言かなと思いながら抱き寄せてやる。ああもうこの子にこうしてやれるのは自分だけになってしまったのだと思って虎徹は湿った頬を小さい頭に預ける様にして相槌を打つ。
うん。ママ、楓に会いにきたか?
「ママねえ、ロケットにのってた。楓に手振ってね、お土産あるからねって」
そうか、としか、言えなかった。
うん、と頷いてまたするりと眠りに落ちていった娘を抱き締めて、虎徹は目を瞑る。

なあ。
ロケットから俺たち、みえてるんだよな。俺、出稼ぎヒーローになるつもりなんだぜ。すげえだろ。楓ばっかりじゃなくて、たまにはシュテルンビルドの方も見てくれな。
ラジオはちゃんと鳴ってるか?友恵ちゃんのことだ、壊れたかもしれないからって叩いたら駄目だぜ。まずは電池の向きを確かめて、アンテナを伸ばして、ちょっと高いところに置くんだ。そうすりゃ大体ちゃんと鳴る。
それから、みやげなんかなんだっていいよ。そこらへんの石ころでいい。だってさ、月の石だって博物館に大事大事に飾ってあるんだぜ?わざわざ買うなんて、節約家の友恵ちゃんらしくもない。だから、饅頭とか変なストラップのかわりに、いっぱい話を聞かせて欲しい。

あー、会いてぇな。
会いに行っちゃいたくなる。
でもなあ。ちょっとお使いに行ったはずが、猫捕まえて撫でたり知り合い見つけておしゃべりしたりでたっぷり一時間半散歩しちゃうような道草女王だもんな、あんまり早くに行ったら目的地に着く前に追いついちゃいそうだ。
そしたら、そうだな。
楓が嫁に行って、孫の子守をちょっとして。そんで俺がしわしわになった位がちょうどいいだろ。

な、友恵ちゃん。
俺がんばるわ。
だからさ。





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