「おとうさん、」
「ん?」
「がんばらなくていいからね」

そういって差し出されたプリントに、楓は眉根を寄せて念を押し、虎徹はプリントと娘を交互に眺めながらえええと文句をいい、ニュースを見ていたバーナビーはどれどれと覗き込んで納得した。
それが、数日前の話。



校外学習のため、お弁当と水筒を持たせて下さい。

そんなような旨のプリントを前に、虎徹はタオルで髪をがしがし拭いた。
かわいい娘のためならなんだってしてやりたい父親心がうずいているらしいその姿に、バーナビーはため息をつく。

「あなた去年の遠足のこともう忘れたんですか。一人分のはずが花見弁当作ってたのを僕は忘れませんよ」

前の日にマーケットを物色して下ごしらえもきちんとして、早起きするところまではバーナビーも感心していたのだ。
普段のだらしなさとは打って変わって綿密な計画と心遣いに親心をみた。
一昨年はいろどりが微妙で楓に泣かれたのだと言って、念入りに盛り付けまで考えているのにはちょっと感動すらした。

けれど。出来上がったのは塗りの重箱にみっちり詰まった見事な物で、朝からげんなりさせられる羽目になった。
楓が起きる前に包もうとしていた虎徹をなんとか止めてランチボックスに詰め直しているバーナビーをみて、勘違いした楓と膨れた虎徹をなだめるのもめんどうくさかったなあと、髪をまとめながら思う。
「えーでもうまかったろー」
言いながら虎徹は端末の画面を弾いた。並んだアイコンから料理レシピの検索システムを選んで立ち上げて、流し見る。
唐揚げの作り方なんか知らなかった俺ですら、誰かが実際やっている行程やコツなんかを惜しみなく披露しているのをなぞると結構うまくいくんだよなあ。
思いながら、心にひっかかるメニューをかたはしからリストに登録していると、白い手にタブレットを奪われた。

「加減しろって言われてんですよ、九つの娘に」
「えーだってーかーちゃんだって俺と兄ちゃんに遠足の時色々持たしてくれたしぃー」
「語尾伸ばさないで下さい気色悪い。楓ちゃん、女の子にしたらわりと食べる方だけど男の子とは食べる量が全然違うんですからね」
「えー」

バーナビーにもわかってはいる。
楓が母親のいない分でさみしがったり悲しくなったり、切ない思いをさせるのを少しでも減らしてやりたい親心だ。
けれど、それでもやはり限度があるだろうと思う。なまじ手先が器用で舌がきくものだから、出来はいいのだけれど。
やり過ぎはよくないでしょうが、といいながら片手でスクロールを繰り返す。と、ふと目に付いた写真付きの記事をタップしてみたバーナビーは、虎徹にその画面のまま手渡した。
これならこの凝り性も満足するだろう。
「したらこんなんしてあげたらいいんじゃないですか」
「ぎゃーなにこれ」
「流行ってるらしいですよ」
「楓喜ぶかな」
「程々にしたらね」
「やる!がんばる!」
「おいこら話聞いてます?」


「楓ちゃんおべんとたべよー」
楓は声をかけてくれた友だちに悪いなあと思いながらも声が暗くなった。
どうにも努力の矛先が明後日の方を向きがちな父親。今度は一体何をやらかしているのかと思う。
去年は自分が誤解したせいで帰ってみたらものすごく凹んだ父親をバーナビーと二人掛かりで慰める羽目になった。
申し訳ないなあと思いながらも、重箱を持たされそうになっていたのを思うとため息が出た。
今回はひどく自信満々な笑顔で包みを差し出してきた父親を思い返しながら、楓はそわそわする心のまま、デイパックからランチボックスを取り出す。
それでも、洗いくたびれて少し色の褪せたピンク色のナフキンに包まれているのに気付いて、嬉しくなった。

「どうしたの?」
ナフキンをほどいて蓋を開けるのに時間がかかっているのに、小首を傾げて聞いてくるのに慌てて首を振った。
なんでもないよー、おなかすいたねえ、そういいながらフタをとる。
一足先に開いている彼女たちのランチボックスの中は、いろどりの綺麗なおかずやタコの形のウインナーが並んでいる。

タコさんウインナーとかじゃなくていいから、普通の、出来れば見た目の茶色すぎないお弁当でありますように!

えいやと開けた楓は、次の瞬間うっかり声がこぼれた。
「うわ」
「えーかわいー!」
その声に振り向いて覗き込んだ子が、うらやましげに声をあげる。
なんだなんだと寄ってきた仲良し達が、かわるがわるのぞいては声をあげた。
「おかあさんお料理上手だね!すごいねー!」
ランチボックスの中には、かわいらしくデフォルメされた虎が笑っていた。
きれいに黄色い薄焼き卵に、縞とひげを海苔で書かれたオムライス。
まわりにはブロッコリーやらプチトマトやらがきれいに配置されて、ハンバーグは器用に星とハートの形になっている。仕上げに楓の葉型に抜かれた人参のグラッセ。
別の容器に分けてあったデザートはうさぎりんごで、三つあるうちの一つにだけ、メガネが彫られていて笑ってしまう。
もう、間違い探しじゃないんだから!
思いながらも口元が笑うのを抑えられない。

食べるのもったいないねえと言ってうらやましそうにみる友だちに、キンダーの子みたいで恥ずかしいよ!と言いながらもうきうきと誇らしい気持ちになって、言う。

「これね、おとうさんが作ってくれたの!」

いいながら、ランチボックスをくるんでいたナフキンのはじに、赤いひらがなで縫われた名前。縫い取ってくれた楓の葉の意匠と一緒に指でなぞる。
ハートがいいと膨れた小さい楓に、でもこれはパパの虎さんみたいに、楓ちゃんのマークなのよ?と笑っていた母親はいつもいい匂いがして、優しかった。

すう、と風が吹いて髪を揺らす。
きゃあきゃあ友達と笑いながら、楓は思う。
ねえママ、パパって意外とお料理上手なんだよ。知ってた?





おべんと





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -