ゆうらゆら、腕の中のこどもを体ごと揺する。
わんわんあがる泣き声が徐々に徐々に落ち着いて、真っ赤になるほど大きな声を出して熱くなっていた小さな体がだんだん優しくぬくもるだけになってことりと眠る。
涙でがびがびになったやわらかな頬にキスを一つ落として、しょっぱいのに苦笑した。
「おやすみ、楓。いいこだからこのまま寝ちゃいな」
囁くと、うえ、とかすかに身じろぐついでに寝ぐずるのに、困ったお姫様だなあかわいいなあ、思いながら虎徹は小さな体をすぐにベビーベッドに寝かしつけるのが勿体無いような気がして、しばらく楓を抱いたまま、部屋の中を無意味にうろついた。
今日は満月だ。薄黄色のやわらかいひかりが、丸くやさしい色の家具を静かに照らす。真っ暗くはない優しい闇の中、ゆったりと狭く回遊する。

静かになったのにいつまでも降りてこない虎徹をいぶかしんだのか、静かな足音が階段をあがってきて薄く開いたドアを覗き込む、気配。
虎徹は腕の中の楓をとんとんとあやしながら、低い声で囁く。
「楓、寝たぞー」
するりと静かに入り込んで、白い指がそうっとそうっとやわらかな頬を撫でた。それから薄くほほえんだ顔を伏せるのに合わせて長い髪がさらりと落ちて、腕の中で眠る赤子の額にキスを落とす姿は神々しく美しくて虎徹は見とれる。

「いっぱい泣いてたね、」
さみしそうに、困ったように。口元にはかれた笑顔が、そんな表現がぴったりくるようなものに変わる。
「んー、まあそれが仕事だしなあ」
「熱心ねえ。誰に似たのかしら」
茶化すような声に、いたずらっぽく笑い直したともえが乗る。明るい、すこし無理をした声に気づかないふりで、虎徹はにかりと笑って楓を抱き直して言った。
「そりゃーともえちゃんだな。委員長は真面目だからなーってアイタタタいたいいたい褒めてるのに!」

楓はどうにも気難しい部類の赤ん坊で、気に食わないと一晩でも泣き通しで、ミルクにも口を付けないことが多い。
そんな楓を寝かしつけるのは虎徹の特技になりつつあった。母親がどんなにあやしても構っても、楓は夜に眠る時ばかりは彼女の手に負えなくなるのだ。そして虎徹の腕の中では、ひとしきり大騒ぎしてからではあるが確実に眠る。
「虎徹くん、わたし楓に嫌われてるのかなあ」
こぼれた言葉に虎徹はびっくりして楓を揺らしていた腕を止めた。疲れたように笑うのに、言葉を探す。なんと言ったらいいのか分からないけれど。
「そんなことねぇよ」
楓を起こさないように抑えた、けれども強い声で言い切った。
「でも楓、虎徹くんの抱っこでないと寝ないじゃない」
ぽろ、と涙が一筋こぼれた。
久しぶりにみる彼女の涙に、虎徹の胸と息が詰まる。
外に働きに出ている虎徹よりずっと一緒にいる分、不安が溜まっているのだろう。虎徹はなんだかんだで好きな仕事を続けているのに、彼女は虎徹と楓のために、惜しまれながらも仕事を辞めて家に入ってくれている。
どう声をかけたらいいやら、おろおろする虎徹の腕は何時の間にか止まっている。
それが気に食わなかったのか、楓がふえふえとぐずりはじめた。
「ほら、私がいるとだめなのよ、きっと」
「ちがうだろ!ほら楓ーパパおさぼりだったなーよーしよしごめんごめんだからともえちゃん大丈夫だってば泣くなよぅ」
くすんくすんと女子二人が泣いているのに虎徹もどんどんパニックになる。
楓をあやしているとともえの手を握ることもできず、ともえを抱きよせるには楓を降ろさないとどうにもならない。
眠りかけた意識がはっきりして来たのか、泣き声がだんだん音量を増すのに、ともえがそっと離れようとする。
あとお願いね、とさみしそうにいった背中をなんとか捕まえて、楓をともえの腕に渡す。
戸惑いながらも受け取る彼女の腕の中で、楓は抱いている人が変わったのに気づいて動物の子の様にびくりとみじろいだ。はっきり傷ついた顔をしたともえに、虎徹は笑う。
「ほら楓、ママだぞーおすまししなくていいからなー」
うあああ、と盛大にあがった泣き声ごと、ともえを背中から抱き寄せる。
まわした腕で楓をあやす。と、小さな手が必死でともえにしがみついて小さな頭が懸命にすり寄る。
ぽつんと虎徹がもらした。
「楓さ。ともえちゃんの前だとこうやって駄々もこねるけど、俺だとどうもいいかっこしてくれちゃって」
赤ん坊は泣く事でしか意思を伝えられない。けれどそれは伝えたいと思う人にしか伝わらないから、子どもはなついている人の前でほどよく泣くのだと、そう聞いた。
虎徹には、安心し切った息を吐いて、母親にすがりつくようにしておとなしくあー、とかうー、とか囁く小さな娘は、彼女を嫌うどころか一心に慕って追いすがっている様にしか見えないのだけれど。
「でもじゃあどうして寝てくれないのかな」
「今いいこにしてるよ」
「虎徹くんがいるからでしょ」
それに、ふと思い至る。
もしかしたらのそれは、考えるほど腑に落ちて、虎徹は抱き寄せたともえをそっとゆらゆら揺らす。
「楓、俺が帰って来ないとお前も寝ないの知ってるからじゃねえの」
だって昼間はおとなしく寝るんだろ、そう言うと涙を含んだ睫毛がしばたいて、細い体がことんと寄りかかる。
三人でちいさく固まって、全員が全員に触れる。
しばらく落ちた沈黙。
それから、そうかも、と囁いた声は湿っていて、そのまま楓に頬を寄せた。
「ありがとうね、楓ちゃん。ママをひとりにしないでいてくれたのね」
やわらかいやわらかい声が響いたのに、うっかり虎徹は泣きそうになる。
あんまり優しくて幸せで、暖かな感情がつまりすぎるとまぶたを押し上げて溢れそうになるんだと、思いながら抱き寄せた頭に頬をよせる。
と、あうあういっていた楓が小さな手をぱたぱたさせた。
どうしたの、と器用に片手で楓をだき直してあいた左手を楓に預ける。
小さな手がぎゅうと白くほっそりした人差し指を握りしめて、ふわんと笑った。
そうして。



*******

「ってなことがあったんだよかわいかったなー楓っへへへへへへ」
「で、わたしが最初に話したのっていつなのなんなの」
「え、そのあとあうあういってんなーって思ったらママーって言った」
「ん、わかったありがと」
「話長いですよ、虎徹さん」
「バニーちゃんも思った?長いよねえー」
「だって!楓が最初にしゃべった時の話ったらはじめからちゃんと」「要約して?おとーさん」
「しかたないよ楓ちゃん。大人になると話が長くなるものなんだ」
「ふーん、バニーちゃんはそんなことないのにね?」
「二人して俺のことおじさんだっておもってんだろおおおお」
「よし宿題おーわり!バニーちゃん今日ごはんなあに」
「どうしようね。何か食べたいものある?」
「んー……たまご?」
「たまご、ねぇ……。じゃあオムライスとかどう」

「ねーちょっとおおお!!二人で仲良くしないでええ楓ええパパも混ぜてー」







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