ご機嫌に上がる笑い声に、バーナビーは目をしばたいた。
聞き覚えのある、というか毎日聞いているこの声の持ち主が何故ここにいるんだろうと首を傾げる。
そうしながらヒーローが集まるジムの入り口をくぐると、案の定楓がベンチに座っていた。
イワンを従えて、何やら真剣に身振り手振りで説明するのを、思い思いにトレーニングをしているヒーロー達が目を細めて眺めている。バーナビーはざっと見回してランニングマシンにいた虎徹に駆け寄った。
「なんで楓ちゃんがここにいるんです」
「んん、なんか折紙が日本の遊びを知りたいっていうから連れてきた」
楓な、ばあちゃんに色々教わってっから詳しいんだよ。
言うのに、ため息しかでない。
あんたヒーローだって内緒にしてるって言ってなかったか。
「いやな、はじめはうちに呼ぼうかとも思ったんだけど、あいつうちに過剰な期待を寄せやがってな」
そう言って眉をよせる。確かに和室すらない鏑木邸にあの日本びいきのイワンがきたらさぞかし気落ちするだろう。
「だから今日みんなにはヒーローだって内緒にしとけって言ってある!」
どうだと胸をはるのにまたため息が出た。人に迷惑ばっかりかけるんじゃないと、子供に思うようなことをしでかすこの男が、利発でかわいいあの子の父親であることが時折不思議でならない。
その楓が、ガラスの小さなコインを弾いてはきゃあきゃあ笑う。いつもは控えめながら、憧れの国の遊びに熱中している青年もつられて盛り上がる。
なんだか少し年の離れたきょうだいみたいだなあとバーナビーは思う。
「つぎここー!」
「え、こ、ここ?」
「ちーがうよーおにーちゃん、このばってんになってるとこをね、こうやるのー」
「ご、ごめん」
こう?とやってみせるのに頷いて、小さな手がぱんぱんと合わさる。
「でね、いくよー」
いちにのさん、ぽん!
「はい、ほうきー」
こうしてね、最後に小指と親指抜いて引っ張るんだよー。
おおお、と両手に毛糸を引っ掛けたまま感動するイワンに、やってみて?と促す姿はどこか誇らしげだ。
できた!と嬉しそうににこにこするイワンに、じゃあ次は、と促すのをお姉さん気分なんだろうなあと眺めて、虎徹は静かに息を吐いた。
彼女もよく言っていたっけかと思う。
きっと楓はいいお姉ちゃんになるね。
それに、病気がわかってから続けられるようになった言葉。
だから、ちゃんとあの子にきょうだいをあげてね、虎徹。
その言葉があんまり辛くて悲しくて、虎徹は床につききりになった彼女に一度だけ怒鳴ってそれから泣いた。ごめんと囁いて髪をすいた白い手を掴まえて、そんなこと言ってくれるなとすがった。お願いだからお前が楓にきょうだいをやってくれとねがった。
それに、じゃあ再婚しちゃおうかなとおどけた彼女に勘弁してくれと笑う。
それから指輪は多分一生外さないと言うと、重ね付けは我慢してあげるから外しちゃダメよ、化けてでてやる、と言われたのを思い出す。
はずしたらおこってでてきてくれるかなあ。
そんなことを思う夜も、実はまだある。
「パパ!」
ちょっとおててかして!
よってきた楓の手をのぞいて、ああ、と納得してひょいひょい小指を掛けて両手の親指と小指をくぐらせる。
はい、とれた。
小さい楓と二人あやとりはずいぶんやった。母親や彼女にこっそり教えてもらっていた甲斐あって、虎徹は二人あやとりだけは完璧に出来る自信がある。
まだ小さかった楓があやとりにはまっていた時、その相手が出来なくて三人家族で仲間はずれにされた苦い記憶は繰り返さない。
そうして上達してからは、今楓が持ってきたややこしいかたちになると、小さな指と代わってやってとったりもしたなあとしみじみおもいだす。
と、ちがーう!と叱られた。
「パパが蜘蛛の巣もってって、楓が取り方イワンお兄ちゃんに教えてあげようとしたのにー!」
もう、とぷんぷんしながらいうのに謝りながら指が覚えたかたちをどんどんなぞる。
ひっかけてやってとってくぐらせて。
同じかたちまで戻してやってはいごめんよと差し出すとすっかり見入っていたふた組の目がきらきらしてこっちをみあげた。
「パパすごい!」
「日本人はみんなこれができるんですね……!」
さすが忍者の国!
イワンの勘違いに苦笑していると、何時の間に混ざっていたのか、バーナビーも一緒になって楓が取るのを真剣にみている。
あの頃よりもすんなり長くなって、それでもまだまだあどけない指が器用に隙間を縫って見事に次の形を作ってわらう。
ね、こうするの。
心底嬉しそうに幸せそうに、誇らしげに笑う。それがあんまりにも母親似で虎徹の胸が不意に詰まった。
ベンチに座る膝に当たり前とばかりに腰掛けるちいさなからだを、ぎゅっと抱き締めた。
きょうだいといっても年上のだけど、こんなのでもいいかな。
心の中でそっと聞く。
次僕もとりたいな、と呟いたバーナビーに手を差し出してやる楓に、パパも混ぜてとねだると、まぶしそうに目を細めてこちらを見上げて楓が笑った。
「もう、しょうがないなあ。いいよ。」
あやとり