はじめて会った時からずっと、そうだったのかな。

ヒーローアカデミー生でもないのに一人だけ子ども、しかも女。
しっかり基礎訓練はさせてもらったけど、やっぱり歴戦の、ヒーローTVで活躍してるような大人の男の人達の中にまざるのに心臓がきゅっと縮んでお腹が痛くなって。だからジムの隅っこで黙々とストレッチをしてた。
ヒーロー達が笑いあいながら使ってるトレーニングマシンには、とても近寄れなかったし。なにあの負荷、私何人分?とてもじゃないけど、並んでやったら馬鹿にされちゃう。そんな風に思ってた。

股関節を開いて、膝をゆるめて、足首を慣らす。ぐ、と肩を入れて戻すと、右側からやわらかいなー!と子どもみたいな声があがった。びっくりした。
いつの間に、って思ったけど、嫌じゃなかった。懐っこい顔が優しく笑って、今いくつ?って聞いて来るのに、素直に答えてた。
いくつかなこの人。5、6歳は確実に上だろうけど、東洋系の人はわかんないなあと思ってたら、眉毛を下げて若いなあ、って言う。

「親御さん心配してんだろ」
多分、私がヒーローやりはじめたこと。みんなに言われたのと同じこと。
まだ若い女の子なんだから。
顔に傷でも残ったらお嫁に行けないよ。
いくらでも他にやりようがあるでしょうに。って。
「もう高校生よ。夢のためだもん。説得したわよ」
歌手になりたいって、小さい頃からずっと思ってた。
NEXTだってわかって、ヒーローTVに出たら人気がでるからきっと歌手にしてあげるって言われて、お父さんは反対したけどお母さんは味方してくれた。
歌うためなら、誰かにわたしの声を聞いてもらうためならなんだってやる。そうおもって、飛びこんだ。怖いけど、後悔はしてないつもり。
そう、言い切った。

本当は不安で怖くて知らない大人だらけなのに泣きそうになったのは押し殺して。
「しっかりしてんなあ……」
そう言ったくせに、切なそうな顔をしたまんま小さい子にするみたいにぽんぽん頭をたたかれた。
ちょっとむっとしたのと、ほめられて照れ臭いのと。何より否定したり反論したりしないでくれたのが、認めてくれたみたいで嬉しかった。
それから、あったかい手が不安なのを吸い取ってくれたような気がして、ようやく笑う。
そしたら、ピンク色の髪のドラッグクイーンみたいな人と胸毛がウェアからのぞいてる男の人が、ナンパか、と声を飛ばしてきた。それにちげえよ、って言いながら、背中を押して耳打ち。

ほらこい、ファイヤーエンブレムとロックバイソンの中身だぞ。ちなみにおれはワイルドタイガーな。

熱くなった耳にそわそわしたけど、はじめましてって頭を下げたら二人とも、おおブルーローズのお嬢ちゃんか、かわいいわねぇ、と口々に言いながら手招いてくれた。
振り返ると、見た目ほど怖くないだろって目配せが優しくて、嬉しかったの、覚えてる。


かしゃんかしゃん、マシンが規則的に鳴るのに満足しながらトレーニングをしてた。
何度か出動もして、他の大人のヒーロー達にも認めてもらえたと思う。
クールなキャラクターで、スポンサーに言われているから普段の出動の時あまり仲良くはできないけど、それでもジムではオフだからあいさつしたり、少し立ち話に混ぜてもらうくらいはする。
けど、やっぱり虎徹たち以外のヒーローとはまだお互いに気を使いあっちゃうし、何より話が合わなくて長く話すと居辛い。

はやく同い年くらいの子がこないかな。それか、女の人。

そんなことを考えながら、黙々とメニューをこなしてた。あんまりムキムキになるのも良くないけど、トレーナーが組んでくれたメニューの分には心配ない。
あと7回、思って足に力を入れる。と、くらりと力が抜けた。
がちゃんと派手な音がして重りが落ちる。驚いたのと貧血っぽいのとでぼうっと呑まれていたけど、伸展しすぎて痛くなるはずの膝がどうでもないのにあれ、と思っていたら上から声が降ってきた。
「根詰めすぎだ、怪我すんぞ」
ギリギリで身体をマシンから引き揚げてくれたらしい、しかめっ面。
わりと負荷を強めにしてたから、下手したら本当に怪我をしていたかもしれない。

「……ありがと、ごめん」
後ろから抱き上げられたまんまで言うと、ふん、と鼻からため息を吐いてからフロアに下ろされる。
強い腕。咄嗟に動いてるのにぶれもしない。
女とはいえ、もうたいして大人と体格が変わらないような私も軽々と抱えて見せる。
「ちゃんと食ってねえだろ。顔色悪いぞ」
言われるのに、頬が熱くなる。

「だって、スーツ似合わなくなるんだもの」
半分嘘。スポンサーからはあんまり気にしないでも良いって言われてる。デザインを変えたっていいんだし、まだ成長期が終わってないから無理はしてくれるなって。
でも、やっぱり年頃の女の子としては、もう伸びそうにない身長を鑑みてもあんまり太りたくない。それに、もう少し足とか細くなりたいし。
下を見ると目に入る、トレーニングウェアから伸びる足。なにそれ。なんでそんなまっすぐで細いの。もっと鍛えてムキムキになるか、太っちゃえばいいのに。

「馬鹿か。こんだけ動いてんだから食って増える分はいんだよ」
叱られた。
誰に言われても重ねてだって、とかでも、が出ちゃうのに、他人が本当に心配してくれてるのがわかって、親に言われるより効いた。
俯いて、ちょっと頷く。そしたらちょうどロックバイソンとかファイヤーエンブレムとかが来て、挨拶して、そのまま談笑してる。

なあ、お前今夜空いてんのか?
またアンタたち二人で呑み行くの?さみしい野郎共ねぇ。
しょうがねえだろ。んじゃいつもんとこに9時な。

楽しそうに遠くなる声にいいなあ、と思う。私も大人なら混ぜてもらえたのかな。一緒に連れてってもらって、とぼうっとそこまで考えてほっぺたが熱くなった。
なんでよ。別にヒーロー同士で仲が良いのは良いんだけど、そうじゃなくて!
思って内心じたばたしてたら、右のほっぺたが急に冷たくなってひゃあって変な声がでた。
「ほれ」
くっくっ、喉を鳴らしながら浅黒い手がひょいと差し出したのはジュースの缶。たまにトレーニングを頑張ったなって思った時に、夜だけどって思いながらも買ってる、甘くて濃い、私が一番好きなやつ。
とりあえず甘いもの入れて、今日は無理せずあがれよ、って目をぎゅっと細めてわらいながら言われるのに、わかってるわよってかわいくない声がでた。それなのに、そうかいい子だな、ってくしゃくしゃ頭をかき混ぜてぽんと叩いて、ひらひら手を振ってマシンのあるエリアに戻ってった。
もう。どうしてそんなに優しいの。

いつだって気にかけてくれて構ってくれた。
能力の相性的にも悪くなかったから私がよくフォローしたり、逆に肉弾戦になったらどうしようもないから助けてもらったりもしてた。

それなのに、ねえ。
その優しいのって、娘さんにする分を私にしてくれてただけなの?
猫背の肩を後ろからぎゅっと睨む。と、ふと振り返ってちょっとびっくりした顔でこっちをみて、首を傾げて手招いて、笑う。
「なあ何怒ってるんだよ。こっちおいで。ほら、しかめっ面してないで。
かわいいのが台無しだぞー」

バーナビーが、またおじさんくさい言い方して、って眉をひそめてる。
パオリンとイワンはベンチでマンガのヒーローについて大激論の真っ最中で、キースがなんでかメモ取りながらふんふん頷いて聴いてる。
アントニオは話してた途中で振り返った相手を気にもせず、こっちをみておいで、と手招いてくれていて、ネイサンはなにもかも見透かした様に、こまった顔で笑って肩をすくめてみせた。

こういう時、大人ならお酒を飲むのかしら。
そう考えながら、なんでもないわよ!って言いながらいつも通り、みんなの輪に混じる私は、いつも通り、とびっきりの笑顔になっちゃってるんだと思う。


not a girl







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