月虎




瀕死の虫の羽音に似た音。片手で縫い付けられた手首からちりちり、ヒーロースーツが焦げていく。
体をつつむうす青いひかりはとっくに途絶えていて、いましばらくはただの人だ。
スーツごし、焼ける熱の苦痛に眉をゆがめて、それでも瞳は苛烈に目の前を睨みつけてまっすぐだ。食いしばった歯がぎちりと鳴く。
「まだ膝を折る気にはならないか」
強情な、とさして害を感じていなさげな声がわらう。
強靭な精神でくちびるの端を吊り上げた虜囚は、それでも体は苦痛で震えている。ついと手を延ばしてヘッドガードを外させて、あらわになった顎から首を青い手がなぞる。
「彼のために、わたしを追うのか?」
「それもあるけどな、」
おまえのやり口がただ気に食わないだけだよ。この面白グローブ野郎。

次の瞬間振り抜かれる腕に壁に叩きつけられる。反動で体が傾ぐ。それでも変わらず縫い付けられたままの両腕がたおれて衝撃を逃がすこともさせない。
重くこもった打撃に、殴られた頬と、壁にぶつけられたこめかみが赤く腫れて一筋二筋、血が垂れた。
生身の体にスーツをまとった拳がまともに入って、体に響かぬ訳がない。意識を飛ばしたのかがくんと首が落ちて瞼が痙攣して閉じる。
「あまり生意気を言わない方がいい」
平らかな声音できかんきの子どもをたしなめるように言って伸びた体を横たえて、手首をチェーンで戒めた。

ヒーロースーツを甲殻類か何かのように腹を縦に一筋焼ききって剥いて、なめらかなアンダースーツを晒す。加減をあやまってすこしスーツを焦がした左足のすねがすこし焼けて、晒した肌が水ぶくれになっているのをなぞると無意識にか、身体が跳ねて痛々しかった。
「おとなしく言うことを聴いていればいいものを」
呟いて、肌をつたう血液をそっと撫でる。伸びてかすれるのに笑んで、マスクをはずした唇をよせて舐めてやる。左のこめかみ、それから右の頬と口の端。
やわらかな唇に興がのって、意識を失ってゆるく空いた口の中を舌でさぐる。歯にぶつけたか、くちびるがすぱりと切れて鉄の味が濃い。軽く吸って、舌を絡める。と、ゆるりと別の生き物めいて動いた舌に絡め取られる。寝ぼけてキスをした時と同じ反応に、少し笑んで応えて吸う。
脳天気で優しい、正義感に満ちて苛烈な、愚かな男。
思って唇をむさぼっていると、不意にがちりと唇を噛まれた。
思わぬ痛みに覆いかぶさっていた身体を反らす。瞬間、獣のように身体を返して飛び退いたのに名前どおりだと笑んで、晒された顔をみて強張る表情に、噛み切られてあかい唇を吊り上げた。
そこらじゅうを傷でかざって後ろ手につながれたまま、身体を低くしてばねをためる、削いだ様に鍛えた姿は息を呑むほど美しかった。

ほらごらん。
お前の相棒の仇はお前に近しい私だよ。
まさか嘘だと呟く顔が蒼いのに、いつものように囁いてやった。

おはよう虎徹。
ユーリ、とこぼれた声が乾いておちる。
唇が、どちらのものだか混ざって溶けて、鉄臭い。








cryforthemoon


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