くすんと鼻を鳴らすと、低く笑いながら肩に引き寄せられた頭を大きな手に撫でられる。
消毒薬と湿布と、なにか得体の知れない、いつもはしない清潔で不安を醸す匂いにつつまれていつも通りに笑う、大好きな人。

僕を背にかばった人が、能力が切れてルナティックが逃げて、それからぷつんと糸が切れたように倒れたのに、血の気が音を立てて引いて、喉がつまってごうごう耳鳴りがした。
そんな自分をもう一人の自分が冷静に眺めて居て、見方があんまり冷静なのに腹がカッと焼ける。お前のせいで。僕のせいで。
それでも必死でいつも通りあろうとしたから体は動いた。しゃんとしろ、前をみろ。
もう奪わせはしない。青い炎に、あのNEXTに、そして死神に。これ以上僕の大事な人を、連れていくな。

救急隊員が担架を持ってきた時に応急処置を見て感心してきたが、そんなことしている暇があったらこの人を一刻でもはやく運べよそれがお前達の仕事だろう!と心の中で恫喝しながら睨む。そこからの彼らの仕事は迅速だった。普段こんな無作法は嫌いだがそれでも、なりふりなんか構いたくなかった。バーナビー・ブルックスjr.の悪評位、いくらだってしょってやる。

と、ひくんと動いた手。
信じられなくて固まる。
目が開く。よう、と張りなんかどこにもない声がいつも通り言うのに、固まっていた体がずるりとほどける。
ずっと側について歩く。無茶して、とつぶやくのに言葉が返って来る。焦げた服、髪、肌、肉。身じろぐにも痛いだろうに、握られた手に殺気も苛立ちも焦りも全て吸い取られた。いつもよりずっと熱く汗ばんでいる。ショックで発熱しているのだろうそれでも。
生きていてくれた。

隊員が担架を車両に積む。するりとほどける一瞬前、握られた手。
この人らの言うこと聞いて、おとなしくしてな。いいこだから。
言われてしまえば逆らえなくて素直に同乗を諦める。ぼうと立ち尽くす足元に焼け焦げた能天気なタスキが転がっていて触れる。
これが燃えなければ、それだけあの人の体は余分に焦げていた。思うと愛おしくなって拾い上げる。
信じよう。
モノにまで諭された気がした。

そうしてこの人は、ガーゼと絆創膏と包帯と抗生剤いりの軟膏まみれになって、それでも歩いて帰ってきた。けれどやはり、食後に飲み込む錠剤の量が、悲しい。頬に貼られた保護シートをそうっと指先で撫でると、くすぐったいと笑う。
負担をかけまいと、普段なら早々にのしかかるソファの上でも、横に座ってそっと触れるしか出来ない。自分の挙動で、この人の眉を少しでも歪めさせるようなことをしたくない。
ひょいと肩を引き寄せられて膝の上に乗せられる。とっさに跨るようにして、膝と背もたれについた腕に体重を分散させる。と、不満そうに腕がからまって肩にぎゅうと顔を埋めさせられた。
「遠慮すんな、大丈夫だから」
「そっちこそ無理しないで下さい、
まるこげになった、」
ばっかりなんですから、と言おうとして喉が詰まった。ねえ。あなたもう少しで父さんや母さんや、あいつらみたいに消し炭にされたかも知れないんですよ。
堰を切ったように涙が溢れる。子どもみたいにぼろぼろ流れてくる涙と泣きじゃっくりが自分のものではないようだ。
おおよしよしと引き寄せられて頭を落ちつかされた肩があたたかい。鼓動がきこえる。血が巡って息をして、ねえ、あなたはまだ生きてる。

「なんで、かばうんですか」
僕だってヒーローなのに、大丈夫なのに。
しゃくり上げながら言うと、お前の金髪が焦げたらファンがなくぞと笑う。
帽子はかぶらないんだろ。なら俺だ。
「そういう問題じゃない、でしょう」
言って、ぐいぐい鼻を押しつける。
されるがままになっていてくれるのをいいことに、腕の先から順々に指でなぞって部屋着のタンクトップからのぞく包帯にくちづける。

この傷が治らなければ、この人ヒーロー辞めるんじゃないか。
そうしたらもう、こんなことはなくなるんだろうに。
思って爪と歯をたてようとしてでも出来なくて、何度も包帯に口づけたり指でなぞったりしているのに、低い笑い声が落ちた。
あたたかな首筋に顔をうずめながら聴くそれは、空気を介さなくても直接体の芯にびりびり響く。
「バニー?」
なーにがしたいの、お前。
それはそれは優しい声で、口調だけはたしなめるように語尾をあげた声が鼓膜を撫でる。耳に触れさせたままのくちびるが、乾いて柔らかく耳に触れる。
何か言おうとしたけれど言葉にならなくて、結局、むずかる子どものような声がこぼれてしまう。肩に額を擦り付ける。絡めた腕をきつくする。鼻先で分けるようにして髪にキスして息を吐く。
くしゃくしゃと髪をまぜて、背中をなだめるように撫でて、かさついた指が頬をなぞる。
「死んじゃ、だめですよ」
つぶやく。
「出来ない約束はしてやらない主義だ」
「嫌なんです、もう」
「俺だってやだよ」
守れないのも、先にいかれるのももう、たくさんだ。

どちらともなく息が落ちる。
かえりたい。
どこでもいいから、どこか遠くへ。






can’t





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