「かーえでー!じゃーん!」
自慢気に虎徹が取り出したるはカラフルなチケット。休日の少し遅い朝食を終えて、流行りのアニメをちょうど見終わった楓が騒がしい父親にくるりと振り返る。付き合いで見ていたはずがなんとなくはまってしまったバーナビーは、おそらくそういう保護者向けに作られているのだろう、ウィットに富んだ次回予告に目を注ぐのに忙しい。
「なあにー?」
ぱたぱたとソファを立って父親に駆け寄るのに、親子のふれあいだなあとのんびり思いながら、またみてね!とさえずったテレビを消す。と、
「ださっ」「ええっ」
軽やかにざっくり斬られて嘆く声だけが静かになった部屋に際立って響いた。
振り返ってチケットの絵柄に目を凝らして納得する。
「……ああ、ヒーローパーク」
「わたしヒーローオタクの男の子でもないし、ナーサリーの子でもないのにー。行くならディスティニーワールドとかせめてピュアリーランドがいい」
膨れる楓の言うとおり、ヒーローショーやらゆっくりした乗り物の多いテーマパークは小さな男の子を筆頭に、ヒーローが好きなユーザー向けに作られている。ある程度大きくなったおしゃまな女の子には物足りない、というかピントのずれた場所だといえるだろう。
「んんんごめんディスティニーワールドとなに?楓」
「ピュアリーランド、だったっけ?ピンクの猫の?」
聞き慣れない名前に目を白黒させる虎徹を尻目に、バーナビーと楓はもりあがる。
「そう!キャシーキャット!ちょっと小さい子が多いけど、レストランとかかわいいんだって。」
あとそこでないと買えないキャシーキャットのグッズとかあるの。
ふうんそうなんだ、と頷くバーナビーは話題に乗れているが、残念ながらキャラクターの見当もつかない虎徹は悔しがるしかすることがない。
「ちくしょうなんだよバニーカワイイもの好きかお前。いいカッコしやがって」
「先輩はもっとアンテナを張るべきですよ。で、どうするの楓ちゃん。行く?」
ざっくりと無知を切り捨てて、ショックに震える男は放置して楓に声をかける。楓は、テーブルに置かれたチケットと悲しみに暮れる虎徹を順々に眺めて考えてから、口を開いた。
「……そのチケット、今度の金曜日まで、だよね。……行く。もったいないし」
虎徹の肩が跳ねて丸く見開かれた目が楓とバーナビーを交互にみやる。せわしない視線にものすごい喜びをみてとって、バーナビーは苦笑しながら仕切ってやる。
娘に遊んでもらえるのがそんなに嬉しいですか。わかったから落ち着いて下さいよ。
「じゃあ三十分で準備して、ここ集合?」
「いい、いつも一番ゆっくりなんだから、一番がんばるのはパパよ!」
「はい!」
楓とバーナビーの言うのに、スイッチの入ったオモチャのようにぽんと虎徹が起立するのに、すかさず楓の声が飛んだ。
「駆け足!」
了解しました総司令官殿!と虎徹が戯けて敬礼をとばす。
待たないからね、と言いながら楓が部屋に支度をしに引っ込むのを見送って、残された男二人で吹き出した。
「しっかりしてますね」
「母さんにそっくりだ」
あと嫁さん。怒るとこえーの。
言って、目を細めて虎徹が笑う。
さて、とバーナビーは席を立つ。食事は外でするにしろ、飲み物位は持たせてやろうとケトルに水を張る。
のみこんだ虎徹が楓がいつも学校にもっていくボトルを出して渡すのを受け取ってから早く支度をしろと促す。
「良かったですね、たまには親子水入らずで楽しんできてください」
「……なにいってんのバニーちゃん?」
きょとんと首を傾げるのに小声で怒鳴る。
「僕はお邪魔でしょういくらなんでも!」
そこへさっさと身支度を整えて洗面所に髪を結いに行くつもりだろう楓が通りかかった。
「パパほんとにおいてっちゃうよ!」
ぴしりと言った手にはキャンディのような丸い飾りのついたゴムが握られている。それは最近の楓のお気に入りでとっておきで、ほらやっぱりとバーナビーは思う。
「楓ーなんかバニーが行かねえって言うー」
虎徹が言うのに頷く。たまには二人で遊んでおいで。
「えええ……んん、でもバーナビーさん、つまんないよね。大人だし」
楓が唸る。照れ隠しだなあとほのぼの思ってバーナビーが頷く。そんな楓におずおずと、まるきり思春期の女の子のように虎徹が頬を染めて「じゃあパパとデー「パパ一人でも行けるよね。わたし、バーナビーさんと留守番してる!」
「え」
言わせてもらえなかった。
あんまり予想外な答えに固まる大人二人を尻目に、そうだパパアントンおじさんに電話すればいいよ、やっぱさすがに1人じゃつまんないし、と手を打った。
さて出かけないならゆっくりするぞとばかり、ソファに行きかける小さい背中。未だ固まる虎徹はつついたら涙がこぼれそうに目を潤ませている。こんなはずじゃなかったと蚊の鳴くような声で呟いた。バーナビーはその声で金縛りが溶けてやっとやっとで声を出す。
「えっと……僕もやっぱりお供してもいい、かな」
小さな頭がくるんと振り返る。
「いいの?」
頷いて、笑う。父親と出掛けるのは久しぶりのはずなのに、わざわざ気を遣わせてしまってごめんと、心中であやまる。
「僕はお邪魔虫かなって思ってさ」
「そんなことあるわけないじゃない!」
バーナビーさんはちゃんと変装して、ヒーローのバーナビー・ブルックス・jrってわからないようにしてね!学校のみんなにばれたらうらやましがられて大変だから!
嬉しそうな顔で一気に言って、つむじ風みたいに洗面所に飛び込む。
あと20分だからね!パパいつもの服じゃなくておしゃれしてね!と声が飛んでくるのに、顔を見合わせる。
金縛りが解けた虎徹はおしゃれ?と首を傾げながら、それでも自室のタンスをひっくりかえそうと階段を上がる。その背中に、同じく変装?と頭を悩ませながらもバーナビーが呼びかけた。
「いいこですね」
「だろ?自慢の娘だ」
ふふん、と自慢げに笑ってから、結局おしゃれってなにしたらいいんだ?と問うた。
バーナビーはいつものブルゾンのかわりにパーカーとか着て髪を縛りでもしたらわからないかな、と考えている最中だったので、適当にベルト?と答えておいた。
おでかけ