日差しが明るい。大きく窓が切ってあるせいで、やましい気持ちになりにくいバスルーム。湯船でご機嫌な先輩を横目にシャワーをざっと浴びた。
ふんふんと古い歌をなぞる鼻歌はくぐもっている。くわえた歯ブラシを軽快に動かしながら、歌う。

あたらしいせかいを、きみにみせてあげる。

古い映画の歌だ。ロマンチックで優しい、人間くさくすこしずるいけれど誠実なヒーローがお姫様と恋をする。お姫様とヒーローを引き離す悪者は一分の隙なく悪者で、そいつをやっつけたらハッピーエンド、がんばったヒーローは助け出したお姫様としあわせに暮らしましたとさ。そんな筋書きの、砂漠の国のおとぎ話。
自分自身がヒーローになっておもう。ねえヒーロー、どうして君は苦難の時にも華麗に笑っているんだい。
僕には無理だ。無理でした。
つよいこの人が横で踏ん張って、支えてくれてもぽっきり折れた。折れてしおれたのに水を与えてくれる手が四方八方からのびてきてようやく、少ししゃんとしはじめた位の僕なんか、君はヒーローと認めてくれないだろう。

ほらごらん、どこもかしこもきらきらしてきれいだろ?こころをくもらせずに、みてごらんよ。

楓が小さい時に一日中流していた古いアニメ映画の歌をくちずさみながら歯を磨く。奥歯はとくに念入りに。歯を抜くとふんばりが効かなくなるし体のバランスがおかしくなる。なにより虫歯は精神的に苦痛だ。物食うにも不便をする。
銭湯や合宿所、ジムの風呂ならいざ知らず、自宅のバスルームで歯を磨くのは普通ではないと知ったのはいつだったか。相当なカルチャーショックだったことを覚えている。風呂につかっているだけだなんて、暇を持て余してしまうじゃないか。
思いながら虎徹は歯を磨く。しゃこしゃこしゃこ、軽やかに音を立てながら。

かんがえたこともないようなことをしてみようよ。どこでなにしたって、だれにもおこられやしないよ。

楓はこれに出てくる魔人がいたくお気に入りだった。軽やかに願いを叶える、万能でひょうきんで、時に不興を買ってでも主人を諌める優しい優しい、つよい魔人。最後にはヒーローがねがって彼を解き放つのだ。万能の魔人の能力で、不可侵の封印を解き放つ。
ほんのひとつまみでもその力が自分にあればいいのにとふと思った。
過去に雁字搦めに絡め取られてもがくこいつを、ぱちんと弾いた指一つでほどいてやれたら。詮無いことと、わかりながらねがう。

さあ、どこへもいこうか。きみのこころがおもむくままに。

蛇口を閉めて、バスタブに足をいれると、先輩がひょいと前に詰めるようにして背中側にすき間を開けた。シャワーで育ったせいか湯に浸かるのは違和感があったけれど、執拗に誘われる内に慣れた。というよりも今はあたたまった身体がほぐれるのが心地よく感じる。
足の間に体を入れてもらう。一緒にバスタブにつかるにはそうしないと足を伸ばせないからだ。それでも先輩はじゃあ自分が出るとは言わない。自然にスペースをあけて僕に寄りかかって、くつろいだ様子でいてくれるのがうれしい。相変わらずなぜだか風呂場で延々歯を磨いている。頭が肩に預けられるのを見計らって腕を腰にまわしてちょうどへその下で指を組んだ。バスタブの淵は、先輩の腕が長々と伸びているもので。

しんじられないことばっかり。なにもかもがすみわたってきらきらして、わくわくするわ、これがせかいなのね!

鼻歌に聞き入ってしまう。風呂で歌うと響いて綺麗なのはだれもがそうだが、がさつで適当な見た目に似合わずこの人は歌がうまい。ブルーローズが悔しがっていたのを思い出して、口元がゆるんだ。
それにしても女性パートを鼻歌とはいえなぞっているとはおそれいる。
聞き入っている内になんとなく、懐かしいフレーズが浮かんだ。

ながれぼしになったみたい!
ーーそう、めをあけて、いきをつめて、せかいを、みて。
もうむかしのわたしになんか、もどれない。

掛け合いの部分は昔楓と散々歌った。が、まさかこいつがまざってくるとは。しかもうまい。なんだどうした。
思って預けた頭をそらしてみると、穏やかに笑って見下ろしてくるのに息が詰まる。なんだかこの空気を壊したくなくなって、歯ブラシをバスタブの脇に置いたコップに投げ入れるだけして、こいつの肩に頭を落ち着かせ直した。抱きとめられるのは悔しいが、何しろおさまりがいいのには抗えない。しっくり馴染んでしまって、風呂に一人で浸かるのは味気なく思えるようになってしまった。

よあけのたびにせかいはうまれかわるの、わたしはそれをおいかけて、つかまえる。
ーーいつだってそのときがあたらしいんだ。だからほら。

洗いたての湿った髪に鼻をいれる。しっとりした感触と清潔なかおりにまじって、この人のにおいを探す。見上げてくる目と目が合って、笑う。そんなに意外そうな顔をしなくたっていいでしょう。僕だってこの映画、結構好きだったんですよ。

あたらしいせかいをみよう。
きみとぼくのふたりで。





鼻歌





歌詞元ネタはほーるにゅーわーるど
完全私流意訳につきご勘弁
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -