「おええ」
「なんですか人の顔見て」
「いやそうじゃなくてそれそれ」
手に持っているカップを示してまたしても顔を渋くする。コーヒーを飲めない人ではなかったはずなので、首を傾げる。
「甘すぎねぇ?そこの。なんかやたら高いし。
しかも何その大きさ。お前そこの買う時いつもだけど」
確かに一番大きなカップは見た目の破壊力が凄まじい。スポーツの時のウォーターボトルとおなじかそれ以上の容量が、きっとある。けれどよく考えると、一番小さいサイズと比べると一口当たりはどうしたって安くなる。そう思うと、いつも一番大きなサイズをオーダーしてしまう。
「いいじゃないですか一日かかって飲むんですから」
「つっても冷めるとまずいじゃん」
それは確かに。ついオーダーしたはいいが、いくらいい豆を使っていたって時間が経てば香りは落ちるし味も然りだ。アイスの方でも氷が溶ければぬるまるし、何より薄まって味がぼける。
「そうなんですけど、つい貧乏性で」
ふーん、と隣のデスクから気の抜けた声がして、ひょいと手が伸びてきた。攫われる、曖昧な微笑みの人魚。
「あったかいうちは飲めるんだけどなー」
ってうおなんだコーヒーだったのに突然甘い!何味!
とひとしきり騒いでグリーンティーのペットボトルに口をつけて舌をゆすぐ。
「何なんですか、もう。ひとの取って文句言わないで下さい」
普通のラテにナッツのシロップを足してあるんですよ、と、フォローしながらさりげなく蓋を親指で拭った。
そんなに潔癖のきらいはないし、飲み物のシェア位はするが、なんとなくこの人相手だと気まずく感じて気を張ってしまう。きっといちいち間接キスだなんだと騒いできそうなのが気に食わないからだ、と思う。
「バニーちゃんが貧乏性ねえ」
お前めちゃめちゃ着道楽だしまずいもんは食わねえし、ぼんぼんっぽいからあんまそういうの気にしそうにないのにな。
言うのに自然、眉が寄ってしまう。

両親は裕福だったけれど贅沢はしなかった。良いものを大切に使うことや良いものを摂ることは結局メンテナンスの手間をかければ最終的にはそちらの方がコストがかからないという教育をした。
だからバーナビーはわりと手仕事は苦ではないし、まめに服や靴の手入れをするのは習慣になっている。
それは、両親が自分に残してくれた教育で、思い出で、物が残らなかった自分達の別れのなかで、彼らの愛情を辿るための数少ない手段。
それを悪気なしに否定されて、つい表情が動いた。
気にするほどのことではない。思って深く静かに息をして、一瞬波立った感情をフラットに戻す。

「俺なんか悪いこと言ったか?」
「いえ、別に。それより報告書、終わったんですか」
「んんんん、いや、まだ」
昨日のようにずるずると延びてランチタイムにかかるのはごめんだと、急かすバーナビーにうなりながらキーボードを叩く虎徹にため息をついた。

人の顔色を悟る暇があるなら、仕事をしてくれませんか、オジさん。


そうして次の週明けに、机越しに差し出された紙袋におもわず首がかしいだ。
頬を掻きながらもごもごと、大分遅れたけれども誕生日のプレゼントだと言うのに呆れる。いらないと言ったはずなのに。それでも絶対に自分じゃ使わないからお前にやるしかないんだと言われて、渋々受け取る。どうせ何か使い道の良くわからない何かをよこしたんだろう。あの、どうしたものか判断に困って窓辺に座らせてある、赤いウサギのぬいぐるみのように。

ごそごそと包装をほどくと、出てきたのはメタリックレッドのタンブラーだった。金属製ながら、軽くて手に馴染む。そうして何より、かなり高さがあって大きい。
「これなら冷めねえしぬるくなんねえし、お前の買う大きさのも入るってさ」
しかも資源節約代かなんかで20円引きだってさ、お得だろ。
お前意外とお得好きなんだし、いいだろ。
と、笑う。
タンブラーの裏側、ひっくり返すとヒーロースーツについている僕のマークのステッカーが貼られていた。
「バニーちゃんのだからな。しるしだ」
ちゃんと使えよ、とにやにやしながらいってくる。
「値引きがきくならまあ、貴方からもらったものでも使いますかね」
アリガトウゴザイマス、とつっけんどんに言って、さっさと包装紙やなんかを片付ける。
かわいくねえ、と背中からあがる声を聞きながら、バッグの中にしまい込みかけたタンブラーに貼られたウサギの耳を指先で撫でる。洗う時に気を付けないとなあ、と思ってしまう自分が照れ臭かった。




不本意





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