※7話ややネタばれ
※いわゆる枕営業の表現がうさとら共にあります
※兎受け・合意でない性行為の表現が嫌いな方は要注意
※全てねつ造です











久しぶりに見たアポロンメディアの社長サマは、相も変わらずうっそりと笑んだ。
一瞬にしてあの夜を思い出して、こみ上げる吐き気と嫌悪感をなんとかやり過ごそうと深く呼吸をする。
忘れろ、思い出すな、笑え。
何もなかったように、普段会ったこともないような人に対峙する、善良な人間を装え。
そうしてようやく出た言葉は支離滅裂ながら、いつものゆるい態度と勘案して「普通」に映ったらしい。呆れられる位、大したことはない。

長い廊下を歩きながら、機密に触れるとおいてけぼりにされた部長と別れてフロアを上がる中で、ぽんと肩を叩かれた。
「本当に、すまなかったね虎徹君。バーナビー君が、迷惑をかけた」
「いえいえ、いつも俺が尻拭いさせてますから、こんな時くらいは。ねえ?」
べたりとぬるい手のひらに鳥肌が立つ。
楓の笑顔を今すぐにかたっぱしから再生するよう、脳みそに必死で指令を送る。
「今日は、君にゆっくりお礼をしようとも思ったのだけどね」
私も若くないものだから。また今度食事にでも誘わせてくれ。
言ったのと同時、ぽん、と軽やかな音が目的のフロアに着いたことを知らせる。
「また今度」に憂鬱になって、話を適当にしていたこの時を、後でひどく後悔することになる。

案内されたドアの中、「もう一人」に振り返ってみれば顔色の悪い、表情の抜け落ちたバーナビーが立っていた。社長が背を押すようにして連れてくるのに違和感を感じたが、それでも久しぶりに見た顔に心底ほっとした。どこかで無茶でもやったんだろうと考えて、かたくなな横顔に、これから出たら問い詰めてやる、と笑いかけてやる。普段なら「お断りです」とかなんとか、バッサリ切って捨てるだろうに。
その時あいつは、小さい獣のようにびくりと肩を揺らして目を伏せた。
その、おびえたような、と表現するのがいちばん近いような態度に、ざわりと心が波だつ。
促されて疲労を軽減するとかいうカプセルに入っても、もやもやした気持ちは消えなかった。

それから怒涛のように出動して、ルナティックとか名乗る妙なやつを追いこんで、逃げられて。その後の死傷者搬送やら出動報告やらをあわただしく終えて、俺たちヒーローはド深夜にようやくスーツを脱げた。
コンビだもんで、常に二人セットでカウントされるから、事後処理の間は逃げようにも逃げられはしない。
薄暗いロッカールームで、アンダースーツのまま足早に外に出ようとしたバニーちゃんを、ヘッドガードを放り出すのを代償に捕まえる。がつ、と重たい音がロッカールームに響いて、サイトウさんに文句言われるよなあと頭の片隅でぼんやり思いながらもつかんだ右手に力を込めた。

「なあおいバニー、どうしてたんだよ」
心配したんだぜ、連絡つかねえし。
軽い調子で、けれど強い声が僕を襲う。
暖かい手。つよくてしなやかな先輩の手。ようやくそれが自分に触れる。
強く、僕が逃げないようにだろう、痛いくらいの力でつかまれて、ようやくあの感触が薄れるような気がした。
ぶわりと湧いた安心感に、視界が歪んで溶けおちて、気づけば僕はうずくまって子供みたいに泣いていた。きもちわるい、と呟くとあわててロッカーをあさって適当な袋を引っ張り出して背をなでる。袋もあったし、ここで吐いちまってもいいからなー、と優しい、父親仕様の声で言われて、ますます涙と吐き気が止まらなくなった。
逃げようとしていたのに、捕まえてもらってよかったと思いながら、僕は空っぽの胃の中身をはきだそうとしてえずいた。

真っ青な顔して震えているバーナビーをとても一人で帰すわけにはいくまいと、虎徹は拾ったタクシーの深夜料金にぎょっとしながら自宅のドアロックを解除して、ぐったりした体をとりあえず自分のベッドに転がしてやる。
結局あのあと少し胃液を戻してしまったのだから口の中も気持ちが悪かろう。買い置きがあっただろう水のボトルを探しに、寝かしつけたベッドから立ち上がる。
「どこ、いくんです……」
弱い声が上がって振り返る。水取ってくる、と返すとうがいをしたいと起き上った。勝手知ったる他人の家のはずなのに、バーナビーはヒヨコのように俺の後をついて回った。色々あったから混乱しているのだろうと思って、したいようにさせた。
逃げられるよりも、ずっといい。

それからバーナビーは俺がありもので作った少々味の薄すぎたようなリゾットを文句も言わずほんの少し胃に入れてから、ベッドサイドで髪をなでてやるうちにことりと眠った。まるきり風邪を引いた楓をあやしているような気になって、目が勝手に細まる。きれいな額にかかる前髪をかき分けてキスをひとつ落とすと、瞼からつうと一筋、水がこぼれた。
いったい何がそこまでこの男を痛めつけたのだろう、思ってもうひとつ、髪をなでた。

夢を、見た。
気味の悪い芋虫が体中を這う。
わるいこだわるいこだ、いうことをきかないときらいになってしまうよ。
わるいこだわるいこだ、こんなにかわいがってあげているのになぜなく。
わるいこだわるいこだ、ほらうれしいだろう、きもちいいといいなさい。
もうたくさんだ、もういい、止めてくれ、叫んでもわめいても止まないそれに、心を食われて動けなくなる。言われたように、おぞましいことを忠実にトレースして見せると満足げな声が降ってきて、生ぬるい手になでられる。
もういやだ、殺してくれと祈る。
次の瞬間、声が降ってきた。
誰かがよんでいるような気がしてふりかえるけれど、どろどろに汚れた手を伸ばすのに躊躇する。きっとこの人に嫌われる。
あの、僕はもうみての通りどろどろなので、どうか気にしないでください。
それでも、どんどん声は近付いて、優しい手がなんのためらいもなく背中をさすってくれる。ああ、あなたもよごれてしまうと思いながら、その手があんまり優しいのに、甘えてしまう。
あの手とは違う、強くて優しい、手。

バニー、おいバニー!
目をあけると険しい顔でこっちをみる先輩の顔。
寝間着に着換えさせられているが、冷や汗でべったりと肌に張り付いているのがきもちわるい。と、ぎゅうと抱きしめられて思わず体が強張った。
「俺が代わってやりたかった」
呟くように言われたのに、背中が凍る。みられて、そして気づかれた。
反射で逃げを打つ体を、つかまえられる。
「どうせお前のことだから!黙ってるつもりだったんだろ!」
暴れる。手足をフルに使って抜けだそうとするのを、めちゃめちゃに振り回す僕の拳をよけようともせずに腕の力を強めながら、先輩が言う。

「俺ならいくらでもいってやったのに、あの変態」
あのタヌキ、気色悪かったろ?俺も転職前な、色々。

はたりと力が抜けた。先輩がいつも笑い交じりに言っては僕の腹の底を焦がす話題。
こんな心やプライドをずたずたにされることを、寝物語に軽やかに笑いとばしてしまえるほど、つよい人。
つよくならなければいけなかったひと。

思わず腕に顔を埋めた。新しい涙が次々にわいてきて、止まらない。

「つらかっただろ。ゆっくりでいいから、わすれちまいな。悪い夢だ」
今日はほんと、色々あって疲れたなー。
明日は例の男の見分だからなー、早起きしねえと。

やわらかく明るい調子で促して、そっと僕の体を倒して毛布でくるむ。
その横に滑り込んできた体は暖かくて、かぎなれたコロンが薄く香る。
おら、泣いてばっかりいないで、寝ちまいな。
囁くように言って、腕から顔を上げられない僕の頬にかいくぐるようにキスをして、優しい調子でとんとんと体をあやされる。

ちがう、あなたのそのつよさとやさしさが、ぼくにはいま、いちばんかなしい。





渦巻く





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